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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

紛争地でけがを負った女性 治療のため服を切ろうとしたら…看護師に求められる「想像力」

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仮設診療所を作ろうとしたら

 次のケースは難民キャンプで、仮設診療所を作るときの出来事です。

 ある難民キャンプで、看護師を含む医療チームが、仮設の救護診療所を作り、医療を必要としている人々に提供しようとしていた。まず、どの場所に仮設診療所を作るかの選定が必要になった。地面はどこもデコボコしていて、診療所を作るには適していない状況だが、場所選びには安全性、水はけ、アクセスが大事になる。なかなかよい場所が見つからなかったが、比較的、デコボコが少なく、少し整備されている場所を見つけた。その場所に診療所を作ろうと、準備を始めたところ、近くにテントを張っている難民が、「これからそこに家を作ろうと思って、地面をならしていたんだ」と言う。

 できるだけ速やかに仮設診療所を作り、難民のケアに当たりたい。今ここで、判断する必要があるが、一体どうしたらよいのか。

粘り強く話し合いを続け…

 劣悪な環境の難民キャンプでは健康を損なう人が多く、医療チームは、少しでも早く医療サービスを届けたいと思っています。しかし同時に、このような環境の中で住む家を確保することは、人々にとって生命にかかわる重要な問題であり、どうすべきか、看護師は悩んだそうです。

 まず、医療チームは、この難民と話し合いをもちました。なぜ自分たちがこの場所に仮設診療所を作りたいのか。「この場所は、幹線道路から離れ、最低でも歩いて20分程度かかるところで、このあたりに仮設の診療所があると、難民キャンプで暮らす人々の健康を守るための支援に効果的だ」と説明したそうです。一方、住民は、「今、テントを張っている場所はとても環境が悪いので、この場所を整地して、何とか自分たち家族のために使いたい」と言いました。

 その土地を、その難民が所有しているとは言えないのですから、「多くの人々の健康を守るため」という大義で診療所を作ってしまってもよいかもしれません。しかし、看護師らは、互いが納得できるよう、話し合いを粘り強く続けたそうです。国際救援では、生命優先となる場面も多いのですが、いつでも「本当のニーズは何なのか」を、人々の生の声を聞きながら判断していくことが大事だと考えていたからです。

 途中からは、難民キャンプのエリアリーダーにも加わってもらい、今、この難民キャンプに何が必要なのか、人々の声を聞きました。診療所がなく困っていること、大人たちには、「何とか、子どもたちに教育を受けさせたい」という思いが強いことがわかりました。仮設診療所を作ることができれば、話し合いを続けている相手を含め、キャンプにいる人々の健康を守ることにつながること、また、教育は別の組織や団体から支援が受けられるよう働きかけることを伝え、当初予定していた場所に仮設診療所を作ることができました。

一人一人のニーズにも耳を

 国際救援活動の場では、できる限り多くの人々に支援を届けることが大切なのは当然です。しかし、これらの経験から私たちが学べるのは、多数を構成する一人一人、あるいはその支援の恩恵を受けられない人々が、どのようなニーズを持っているのか、そこに耳を傾けた上で、活動の判断をしていくことの重要性ではないでしょうか。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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1件 のコメント

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日々の学習と旅行から生まれる想像力

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

同じサッカーでも、世界各地でレベルや特性が変わってきます。 パスは非言語の言葉でもあり、超一流になれば、どんな文化にも、チームにも適合していきま...

同じサッカーでも、世界各地でレベルや特性が変わってきます。
パスは非言語の言葉でもあり、超一流になれば、どんな文化にも、チームにも適合していきますが、実際、最初からその領域の選手ばかりでもないです。
だからこそ、若いうちのほんのちょっとの才能や実績の差よりも、日常や学習の態度が重要になります。
これをスポーツの話と捉えずに、コミュニケーションの話で考えるとわかります。
目に見える才能にあふれた人間は、努力をしないでも、周囲が合わせます。
しかし、様々な違いや困難に触れて、多くの凡人は学びます。

想像力も最初からある人ばかりではないでしょうし、もしも、本文の患者さんが日本で災害に遭ったのであれば、チームとしてはどう動いたでしょうか?
逆に、その想像力の持つためらいが死や敗北を招く場合もあり、その場合の責任などはどうなるでしょうか?
言い換えれば、このシチュエーションが日本だったら、という想像力も一つの学習材料です。

Seeing is Believing と言いますが、海外の特殊な状況に最初から馴染める人など皆無でしょう。
では、どうすればいいのか、という問いが発生します。

日本の文化上仕方ありませんが、動線や目にするものが限られているのが良くないような気もします。
自分も国内外の学会ついでに眺めた、様々な都市の路地裏の空気や食べ物の値段や味から日常や人間の差異に思いを巡らしてきました。
そんなものは、あるいは一生知らなくては良い事なのかもしれませんが、あるいは、個人の価値観や人生を変えるのかもしれません。

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