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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援 五島朋幸

医療・健康・介護のコラム

「卵を食べましょう」という指導だけでは不十分……どんな食品をどう調理すれば食べやすいか家族と考えるのが訪問栄養士

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 初診の佐藤幸男さん(89、仮名)の家の前で待っていると、ほどなくして管理栄養士の千田さんが自転車で現れました。

 「先生、ごめんなさい。私の方からお願いしておいて」

 「大丈夫。僕も今来たところ」

「ケアマネさんからお聞きになっているかもしれませんが、佐藤さん、退院後、食事があまりとれなくなっているので、栄養状態を回復してほしいと言われてます。でも、入院前に食べていたようなものが食べられないんです」

 「入院は、誤嚥性肺炎だっけ?」

 「そうなんです。今食べられる食品の形態を知りたいんです。それで、無理言って先生の診療に同席させてもらったんです」

 「もちろん大丈夫」と言って、佐藤さんのお宅の呼び鈴を鳴らしました。中から奥さんがドアを開けてくれたので、僕があいさつしようとすると千田さんが、「奥さん、こんにちは。今日は歯医者の先生と一緒に来ました」。ちょっと横取りされた感じがしましたが、改めて、「初めまして。訪問歯科です」とあいさつしました。

肺炎で入院中にかむ力が低下、さてどうする

「卵を食べましょう」という指導だけでは不十分……どんな食品をどう調理すれば食べやすいか家族と考えるのが訪問栄養士

 そのまま中に通されると、幸男さんが椅子に座っていました。「こんにちは。今日は佐藤さんの食べる能力を見せてもらいますね」と言うと、無言でゆっくりうなづきました。

 ゼリーを飲み込んでもらったり、せんべいを食べてもらったり。最後はとろみをつけない状態で水も飲んでもらいました。一通りの手順が終わると、幸男さんの後ろに奥さんが立ち、僕の横に千田さんが座りました。

 「飲み込みの機能自体はさほど低下しているわけじゃないんだけど、かむ方の機能が少し低下していますね。入院中、口から食べていないと、こういうことはよくあるんです。今は栄養状態の回復が先決なので、入院前に食べていたものよりも少し軟らかいものから始めましょう。様子を見て、元に戻していきますね」

家族と栄養士は冷蔵庫の中を見ながら調理法を相談

 奥さんや千田さんから安どの声が聞こえました。僕が片づけをしている間、二人はキッチンにいました。僕が帰る前にキッチンにいる二人に声をかけると、冷蔵庫を開けて中を見ながら作戦会議。どういった食品をどうやって調理していくのか話し合っています。

 「じゃあ、先に出ます。お邪魔しました」と言って、二人が冷蔵庫からこちらに視線を向け、声をそろえて、「ありがとうございます」と言うとすぐに作戦会議に戻りました。

 地域の高齢者の健康問題を考えるとき、「栄養」はその基本です。栄養状態が不良になると、運動量が減って、病気にかかりやすくなります。そして、入院することになってしまったり、寝たきりになってしまったりすることがあります。その最大の予防法は、栄養状態を良くしておくことなのです。この原則は間違いありません。

地域で活動する栄養士は多くはない、それが問題

 訪問栄養指導という制度があるのですが、残念ながら、地域で活躍する栄養士は多くありません。しかし、本当に必要な存在なのです。

 訪問栄養指導に僕の立場から期待することは二つです。一つはもちろん、対象者の栄養状態を良好に保ってもらうこと。そしてもう一つは、それを生活ベースで考えてもらうことです。例えば、健康診断などで栄養士から「卵を食べましょう」「塩分控えめに」などアドバイスがありますが、訪問指導はそれだけでは終わりません。老々介護や一人暮らしの世帯が多い中、その家の生活状況を見ながら、よく使うスーパーはどこなのか、どんな電子レンジがあるのか、どんな鍋があるのか……。その家庭で無理なくできることを具体的に提案していくことが訪問栄養指導なのです。

 健康診断等の中では「栄養士に指導される」というイメージが強いのですが、訪問栄養指導は生活を支えていくものなのです。社会が訪問栄養指導の意義と現実を正しく理解し、積極的に利用していくことが地域高齢者の健康問題の解決策になるでしょう。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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