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精子に隠された「不都合な真実」

医療・健康・介護のコラム

精子の状態を優先した新たな不妊治療 好成績の一方、治療断念を迫られるケースも

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精子の状態を優先した新たな不妊治療 好成績の一方、治療断念を迫られるケースも

 この連載の最後2回は、私たちが開発した精子の精密検査や、新しい体外受精法「 人工卵管法 」のトライアルの成績や、その過程で経験した患者夫婦のエピソードを紹介させていただきます。

顕微授精を回避できる人工卵管法の成績と限界

 トライアルの対象は、卵子に精子1匹を注入する顕微授精を繰り返しても妊娠できなかった、治療の難易度が高い夫婦です。これまでに、顕微授精を1~40回繰り返しても妊娠しなかった250組の夫婦に対して、人工卵管法による体外受精を406回行いました。成績を表にまとめました。 

 57組のご夫婦が、1~5回(平均約1.9回)の治療で計70回の妊娠(妊娠率は約20%)に成功しました。そのうち、2回妊娠したご夫婦は11組、3回妊娠したご夫婦は1組いました。生まれた子どもは51人、19人は流産(約27%)でした。妊娠した方の平均年齢が約41歳であり、平均約9回の顕微授精を経験していました。出産に至った方の平均年齢は約40歳、顕微授精経験は平均約7回、流産した方の平均年齢は約43歳、顕微授精経験は平均約16回でした。

 精密な精子の選別を行い、人工卵管法によって従来の百分の一以下の精子数で体外受精ができるようになったことが、顕微授精を繰り返しても不成功に終わった夫婦の妊娠につながったと考えられます。「35歳を過ぎると卵子が老化」という話がありますが、今回のトライアルで妊娠された奥様の平均年齢が41歳であったことに、私たちは注目しています。

体外受精に「ステップダウン」 夫婦の納得に長い時間

 トライアルを始めてすぐ、私たちは「これは大変なことに手をつけてしまった」と気づきました。人工卵管法の説明をすると、必ず質問されます。「体外受精よりも優れている顕微授精でも妊娠できなかったのに、なぜ今さら人工卵管法をするのか?」。確かに、体外受精で妊娠しなかったから顕微授精に「ステップアップ」したわけで、そのような疑問が生じるのは当然です。

 顕微授精は、人の手で精子を卵子に入れるので、受精する可能性は高くなります。しかし、妊娠するためには一定レベル以上の精子が必要であり、「質」という点では、顕微授精も体外受精も大差ありません。「精子選別精度の向上と、人工卵管法による精子の節約を組み合わせれば、精子が自力で卵に入る体外受精に『ステップダウン』できるかもしれません」とお話しすると、みなさん不思議そうな顔をしました。

 もし、精子の顕微鏡写真を見た夫婦が、一目で「これは厳しい」とわかるほど精子が細胞崩壊していた場合、治療の断念を勧めます。奥様が「これまで、こんな精子で……」と絶句され、ご主人が目を伏せる場面は心が痛みますが、こんな状況であっても、治療断念の提案に対して夫婦は意外な表情をされます。「大変なこと」のひとつ目は、この連載で繰り返しお話ししてきた「精子側の治療限界」をご理解いただくことでした。夫と妻の両方に納得していただく必要があり、これには大変な時間がかかりました。 

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seishi-shinjitu

精子に隠された「不都合な真実」

兼子 智(かねこ・さとる)
東京理科大大学院、慶應大大学院修了。薬学博士、医学博士。東京歯科大市川総合病院産婦人科非常勤講師


黒田 優佳子(くろだ・ゆかこ)
慶應大医学部卒、同大学院修了。医学博士。「黒田インターナショナル メディカル リプロダクション」院長


萩生田 純(はぎゅうだ・じゅん)
慶應大医学部卒。博士(医学)。東京歯科大市川総合病院泌尿器科講師


中川 健(なかがわ・けん)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院副院長、泌尿器科部長、副リプロダクションセンター長


高松 潔(たかまつ・きよし)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院産婦人科部長、リプロダクションセンター長

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