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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

コラム

ペスト ノミが媒介 かつて「黒死病」と恐れられ

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中国で「肺ペスト」患者が見つかる

ペスト ノミが媒介 かつて「黒死病」と恐れられ

 ペストといえば、アルベール・カミュの「ペスト」ですよ。今日ママンが死んだんだ、太陽が (まぶ) しかった……のは「異邦人」だよ!と一人でボケたりツッコんだりしていますが、このネタはいったい何人の方に伝わるのじゃろう。

 いずれにしても歴史的、文学的な響きをもつ単語「ペスト」は現代医学の議論においてはほとんど登場することはありません。ところが、2019年11月になり、中国で肺ペスト患者が2人見つかった、という報道がなされて世間はびっくり仰天したのです。読売新聞も「最も危険な」肺ペストと報じました。

 しかし、肺ペストのいったいなにが「危険」なのか、いまいち、分からない。 まず、肺ペストがどうこう言う前に、そもそも「ペスト」とはなにか。

中世ヨーロッパで大流行 多数の死者

  ペストはYersinia pestisという菌が起こす細菌感染症です。スイス生まれのフランス人、アレクサンドル・イェルシン(Yersin)さんがペストの原因としてペスト菌を発見したため、このような菌の名前になりました。1894年のことです。

 ペストは別名「黒死病」と呼ばれ、中世ヨーロッパで非常に恐れられていました。14世紀に大流行したペストは人口の3分の1を死に至らしめたからです。

ペスト菌に感染したノミに咬まれて

  ペストはネズミとノミが媒介する感染症です。感染ネズミをノミが () んで、そのノミが人を咬む。ここで感染が成立します。ノミといっても、ご覧になったことがない人もいるかもしれませんが、ぴょんぴょん跳ぶ小さな虫がノミです。シラミやダニは跳ばないのですが、ノミは跳ぶ。覚えといてください。でもテストには(たぶん)出ません(笑)。

 このピョンピョンの特技があるため、ノミを跳び踊らせる「ノミのサーカス」というものが実在していました。チャールズ・チャップリンの名作映画、「ライムライト」では、チャップリンがノミにサーカス芸をさせています(必見!)。ちなみに「 (のみ) の市」というものがありますが、英語では「flea market」といいます。ただ(free)の意味じゃないよ。ノミがわくような古着を売っていたのでこういう名前がついたんですね。

 おそらく、ノミが媒介する感染症はこのペストだけではないかと思います。足などをノミが咬むと、ペスト菌が足に入っていき、リンパ管を通って 鼠径(そけい) 部(足の付け根)のリンパ節に入っていき、そこで炎症が起きてリンパ節が腫れ上がります。これが「腺ペスト」です。本当は、リンパ節は「腺」ではないのですが、細かい話はここでは割愛! 要は昔の人の勘違いが今の名前に残っているってわけです。

ヒトからヒトへ感染する肺ペスト

  腺ペストにとどまっていればよかったのですが、菌が肺に至ると「肺ペスト」になります。ペストは「腺ペスト」と「肺ペスト」に大別されるのです(他の分け方もありますが、ややこしいのでこれも割愛!)。腺ペストも肺ペストもどっちも死亡率が高いのですが、特に肺ペストは (せき) から「ヒト-ヒト」感染するので、流行が広がっていくのが怖いのです。中国の2例も「肺ペスト」だったので流行の広がりが恐れられたのでした。

 この2人は内モンゴル出身だそうで、もしかしたら内モンゴルのネズミがもっていたペスト菌に感染し、北京でこれが発見されたのかもしれません。中国CDC(疾病管理予防センター)は、患者はすでに隔離されて、流行の可能性は極めて低いと声明を発表しています。おそらく、中国CDCの見解は正しいとぼくも思います。(参照:https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/2sns.php

 話はそれますが(ぼくの話はいつもそれてばかりですが)、アメリカや中国や韓国にある感染症の対策専門機関、CDCが日本にはありません。日本の感染対策の多くは厚生労働省が担当するのですが、専門家集団ではないので、しばしば見当違いな対策や、効果の低い対策になりがちです(この連載でも再三再四指摘してきたところです)。既得権益にしがみつくことなく、プロ集団の日本版CDC(と予防接種システムを作る日本版ACIP)を一日も早く作ってほしいものです。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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1件 のコメント

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稀な感染症の拡大を防ぐシステムについて

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

アラフォーの僕は有名な漫画の黒死拳で初めてペストを知りました。 そして、ペストの流行を世界史で学びます。 ちょうど地域医療崩壊の記事も隣にありま...

アラフォーの僕は有名な漫画の黒死拳で初めてペストを知りました。
そして、ペストの流行を世界史で学びます。

ちょうど地域医療崩壊の記事も隣にありますが、情報や制度の整備があってこそ、安心して働けますよね。
一般の医療職にペストの細かい診断治療はできなくてもいいです。
採算の問題もあって、稀な疾患の対策は国家中枢機関や大学、あるいは各地域の支部くらいで十分でしょう。
ただ、自分の知らない症状や疾患に正直であれば良いと思います。
僕も頭部のマニアックな腫瘍や感染症の画像診断の細かい鑑別は苦手ですが、他の検査機器やデータや書籍の整った医療機関に送ればいいと知っています。

利権もあまり細かいことを言うと進まないのが人の世なので、「黒でも白でもネズミを捕るのが良いネズミ」の感覚でいいのではと個人的には思います。

これから、高齢化社会による易感染性、LCCや観光立国による大勢の観光客の往来の影響で、思わぬところで、思わぬ疾患の出現や流行も可能性としては準備するべき時代です。
いずれにせよ、情報系統や指揮系統の整備は必須ではないかと思います。
感染症対策は経済戦争の一環で、コストや人材が必要なのは仕方ありません。

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