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なが~く、楽しくお酒と付き合うために

コラム

酒を断てないパイロット、検査があるのに飲むのはなぜ?

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 近年自動車の飲酒運転に対する罰則強化や、自転車に乗る人も交通ルールを守るように、という「乗り物に乗る人の責任を自覚してもらう」という機運が高まっています。以前は「酒を飲んで乗れないなら、自転車なんか意味がない」とうそぶいていた友人も、実際に自転車の飲酒運転で罰金を払ってからは、すっかりおとなしくなりました。

乗務前の飲酒検査を義務化して管理を強化

酒を断てないパイロット、検査があるのに飲むのはなぜ?

 このような流れを受け、自動車の運転を業務とする事業者での、乗務前の飲酒検査義務化が2010年に国土交通省より公布されました。さらに、旅客機のパイロットが乗務前の飲酒検査に引っかかるという事態が散見されたことを受け、今年1月には航空会社に対しても乗務前の飲酒検査が義務化され、その基準は自動車の運転を業務とする事業者よりも厳しいものとなりました。管理を強化してアルコールの影響下にある人間を確実にスクリーニング(選別)しよう、という考え方です。

 それでも、今年8月には、乗務前に「水と間違えて」日本酒を飲んでしまったと弁明した旅客機の副操縦士がいました。私は、報道でこのことを知り「ああ、この副操縦士はアルコール依存症なのだろうな」と思いました。

 これまでもパイロットが乗務前の飲酒検査で引っかかり、他のパイロットと交代せざるをえなかった、という「本来あってはならない」事例が一度ならず起きています。そのたびに航空会社では「再発防止」に躍起になっていたにもかかわらず、「うっかり」日本酒を飲んでしまうなど、アルコール依存症でなければまずありえないことです。

 アルコールを摂取することでストレスや不安に対処することが習慣化している人は、どんなに厳格な検査でも必ず抜け穴を見つけます。アルコール依存の特性を十分理解したうえでの施策を講じないと、効果はあまり期待できないでしょう。

パイロットの仕事は心身への負担が大きく、睡眠障害も

 現役を引退した元旅客機パイロットの方とお話しする機会があり、パイロットの仕事は私たちがイメージするような華やかな側面ばかりではなく、特にフライトスケジュールが過密傾向にある近年では、心身にかかる負担も相当大きいと伺いました。

 そんな過密スケジュールでの激務に体がついていかず、不眠などの睡眠障害を引き起こした際に、アルコールに頼ることもあったそうです。これには、パイロットという職業の特殊性も影響しています。彼らは心身の不調を感じても、安易に薬を服用することができません。睡眠薬についていえば、乗務前48時間以内は服用できない決まりになっています。

仕事とプライベートの切り替えが鍵

 このような、激務と制度の間で板挟みになった状態を考えると、管理強化だけでは問題の解決は難しそうです。もっと緩やかな勤務体制にできるなら、それがいいですが、過密で不規則な勤務体制でやらざるを得ないとすれば、身近な人たちの理解と協力を得て、仕事とプライベートの切り替えを上手に行う必要があるのです。「仕事をこなすためには私生活の質の低下は避けられない」という考え方から「私生活の充実なくして良い仕事はできない」という考え方への意識改革が求められます。

 これは旅客機パイロットに限った話ではなく、ストレスにさらされながら働く多くの人に当てはまります。前回のコラムで紹介したラガーマンのCさんは、問題のある飲酒の解決に向け、奥さんに背中を押してもらい、クリニックを受診できました。また復職の際には、上司はもちろん、職場の仲間たちとの良好な関係が必要不可欠です。

 日ごろから、仕事上のストレスを一人で抱え込まずに済むよう、人間関係をはじめとする職場環境を整えておくことが、職場におけるアルコール問題の一番の対策でしょう。(重盛憲司 精神科医)

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shigemori_prof

重盛憲司(しげもり・けんじ)

心療内科・精神科医 1952年、長野県生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、慶応義塾大学医学部精神・神経科学教室を経て、国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)にてアルコール依存症などの治療に携わる。また、厚生省(当時)でアルコール関連問題対策を担当。一方、自身では長年にわたり様々なお酒を愛飲。クラフトビールやシングルモルトウイスキーが近年のマイブーム。趣味は学生時代から続けるアイスホッケーと、自宅近くのマリーナからヨットで海に出ること。現在は洗足メンタルクリニック院長。テレビ番組の出演多数。

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