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回復限度は自分で決める~東京で脳卒中リハビリイベント

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 脳卒中の退院後の自費(保険外)リハビリを紹介するイベント「脳卒中後をどう生きるか『あきらめないリハビリ』」(読売新聞社主催、株式会社ワイズ協賛)が11月3日、東京・大手町の読売新聞東京本社で開かれました。脳卒中の経験者やその家族など約140人が参加し、脳卒中の体験談やリハビリの最新情報などを、熱心に聞き入りました。

【第1部】講演:リハビリを経て理学療法士になった小林純也さん

リハビリを経て理学療法士になった経験を語る小林純也さん

リハビリを経て理学療法士になった経験を語る小林純也さん

 第1部は、23歳で脳梗塞こうそくを発症し、リハビリを経て理学療法士になった小林純也さん(37)が「回復限度を超えて~脳卒中当事者の“経験智”からひも解く、人生を謳歌おうかする方法」と題して、講演を行いました。

 脳卒中が要介護原因の1位(日本脳卒中協会ホームページより)になっていることなどを例に挙げ、「脳卒中経験者は閉じこもってしまいやすく、運動機能低下により8割の患者が閉じこもりとなり、たとえ外出可能な運動能力があっても4割が閉じこもりとなる」という研究データを紹介。その上で、「障害に負けず、人生を謳歌している人を紹介することで、脳卒中になっても可能性は無限大だということを知ってもらいたい」と切り出しました。

 脳卒中で体が麻痺まひしている状態を体感してもらおうと、歩いている人の片足を押さえる実験が行われました。小林さんが「頑張って、背筋を伸ばして、前を見て」と呼び掛けました。参加した2人の女性は「これで長距離歩くのは無理」「歩くのに必死で、小林さんの『頑張れ』という声は聞こえなかった」との感想でした。

片方の足を強く押さえられて、脳卒中にによる体の麻痺を疑似体験する参加者ら。

片方の足を強く押さえられて、脳卒中による体の麻痺を疑似体験する参加者ら

 プロボクサーを目指していた小林さんは、リングでシャドーボクシングをしているときに脳梗塞になりました。「急に右半身がずーんと沈んで、それから音が消えた。とりあえず水を飲もうと思った。そして意識を失った」。発症して1週間後ぐらいに、母親に「何がしたい」と聞かれて、「死にたい。自殺を手伝って」と言ってしまったそうです。「最低な親不孝をした」と振り返りました。小林さんは「未来が見えず、現実とのギャップがありすぎる。ギャップを埋めるのは希望しかない。僕にはボクシングの夢があった。機能回復というのも一緒に、つまり体がよくなっているなという実感があるから夢を持ち続けられる。ただ、皆さんも経験してきたように、機能回復のスピードはだんだん遅くなってきた」と当時を振り返ります。

 そんなとき、外来で通っていた医師から「回復限度かな」と告げられます。「ふざけんな!と思いました。どれぐらい回復できるかは当事者だけが決める権利を持っている。医療者は絶対言ってはいけない言葉です」と訴えました。

 障害に負けず、回復限度と言われながら、あきらめないことで人生を謳歌している人々を紹介しようと、小林さんが事務局を務める、脳卒中などの経験者や家族らが本気で楽しんでいる文化祭・交流会「脳卒中フェスティバル」の様子を紹介しました。

 小林さんは、「能動的な脳卒中経験者に共通点があります。一つは社会的役割があること、もう一つは利他的な行動に報酬を感じること。三つめがいちばん大事、仲間がいることです。脳卒中になると、一人ぼっちになった感じがするんですよ。そんなことはない。仲間はたくさんいます。もし見つからなければ『脳卒中フェスティバル』に来てほしい」と呼び掛けました。

 会場で熱心にメモを取っていた50歳代の女性は「医者から『これ以上は回復しない』と言われても決してあきらめてはいけない、という小林さんのお話に共感しました。昨年、脳梗塞で倒れた母に生きる目標を持ってもらい、あきらめずにリハビリを続けられるようにしてあげたい」と話していました。

 

【第2部】脳卒中経験者、専門医らによるクロストーク

 第2部のクロストーク(座談会)「脳卒中後をどう生きるか『あきらめないリハビリ』」は、以下の6人が登壇しました。

【ごあいさつ】
 早見泰弘・株式会社ワイズ代表取締役会長
【モデレーター】
 来栖宏二さん(アゼリーグループ・医療法人社団東京平成会理事長、リハビリテーション科専門医)
【パネリスト】
 小林純也さん(旭神経内科リハビリテーション病院脳卒中認定理学療法士、脳卒中フェスティバル代表、特定非営利活動法人「日本脳卒中者友の会」)
 深谷隆善さん(42歳。くも膜下出血を38歳で発症)
 佐野純平さん(24歳。脳梗塞を23歳で発症)
 唐沢彰太さん(脳梗塞リハビリセンター 脳卒中認定理学療法士)

 冒頭、「脳梗塞リハビリセンター」を運営する株式会社ワイズの早見泰弘・代表取締役会長が「病院で脳梗塞などによるリハビリは最大180日(平均100日以下)で、退院後に適切なパーソナルリハビリを受けることが難しい」と、リハビリの現状を説明しました。そのうえで、「脳梗塞リハビリセンター」は、保険適用日数に制限がある「医療」と、日常生活動作(ADL)維持中心のリハビリで、個別の機能回復訓練が少ない「介護」の間の、社会保障制度下では対応が難しい「隙間」を埋める存在で、維持ではなく改善を目指す人のために個々の症状や目標(職場復帰など)に対応したリハビリ施設です、と紹介しました。

 

もう少しリハビリを続けたかった…

 クロストークは、脳梗塞や脳出血などの脳卒中を体験した深谷さん、佐野さんの体験談や現在のリハビリの内容などを中心に進められました。

 深谷さんは2015年1月、くも膜下出血で倒れました。その後リハビリを始め、今は在宅ではありますが、復職もしています。もともとスポーツをしていて、小林さんと同じように、病気になる前と後のギャップにとても悩んだそうです。介助付きの車椅子に座らないと身を起こすのも、座っているのも難しい状態でした。

 その後、回復期リハビリテーション病院へ転院し、装具を使えば、つえで歩行できるまでになり、もう少しリハビリを続けたかったそうですが、公的保険の制度の問題で、退院を余儀なくされました。「麻痺が強く残ったまま、ある程度回復のところで退院させられ、今に至ります」と話していました。

 佐野さんは現在24歳。昨年の6月に脳梗塞を発症しました。今も両手・両足に麻痺がありますが、着替えや食事など大体のことは自分でできるようになりました。今では、室内ではゆっくり歩くことは可能で、車椅子がなくても生活できています。

 発症当時は鍼灸しんきゅう専門学校の学生でした。いつも通り学校に行き、友達と夕食を食べ、午後10時前に帰宅しました。その後11時過ぎに就寝。寝ていると体に電気が流れたような衝撃がありました。近所の病院に行ったところまでは覚えていますが、そこからの記憶はあいまいです。右半身にはしびれもあり、全身から「だらん」と力が抜けてしまいました。一番衝撃だったのが、声が出なかったことだそうです。

 

医療提供者側が限界を作ってしまう

 深谷さんはもともとスポーツが大好きで、バドミントンのクラブチームを持って活動していたので、体にも心にも自信がありました。病気を発症してから、環境が激変して、受け入れることがとても困難でした。正直なところ、回復期リハビリ病院では、変わってしまった自分を受け入れることができず、リハビリに積極的には取り組めていなかったそうです。

 第1部で講演した小林さんは、「僕は発症してから今までの人生が好きになりました。それは、いろんなことを経験したから。『発症してからいろんなことを経験した今までの人生と、全部取り戻せるけど発症後に経験したことが全部なくなるのと、どちらがいいか』と聞かれたら、今のまま、体に震えが残るままでもいいと思えるようになった。真摯しんしに向き合って、やり尽くしたから言える。それがなければ『障害受容』ってないなと思う」と、障害を受け入れる難しさを、経験を踏まえて語りました。

 専門医の来栖さんは、「リハビリ関係者の中で『患者さんの障害の受容がよくない』と言うことがある。医療を提供する側が、どうしても限界を作ってしまうことがあった」と指摘。「医療の提供側も、可能性を、基準を作って見てはいけないと再認識しました」

脳卒中の体験談やリハビリについて、熱いトークが繰り広げられた

脳卒中の体験談やリハビリについて、熱いトークが繰り広げられた

 

より自分に合ったリハビリ、歩行訓練ロボットも活用

 深谷さんと佐野さんはともに「脳梗塞リハビリセンター」で自費リハビリを続けています。

 深谷さんは「理学療法士とのコミュニケーションによって、寄り添った形で、自分に合ったリハビリを提供してもらっています。自信もわきますし、まだまだ回復していきたい」と意欲的でした。

 一方、佐野さんは週3日、主に歩行練習が主で、うまく歩けるために必要な部分のリハビリをしています。その他にも日常生活に特化した、体の動きの練習などもしているそうです。東京・赤坂のリハビリセンターには、歩行用リハビリロボットなどもあるので、それも使っています。通い始めて2か月半ほどで、見守ってもらいながら、外を歩いて花見に行くこともできるようになりました。

 「脳梗塞リハビリセンター」の特徴について、脳卒中認定理学療法士の唐沢さんが「一人ひとり目標が異なるので、目標に合ったリハビリを提供するのがいちばんの特徴。最新のロボット、知見を積極的に取り入れています」と説明しました。

 

あきらめない、そして社会へ出よう!

 来栖さんが、2人に会場の人たちへのメッセージを聞いたところ、深谷さんは「何か熱中できるものを見つけられたら、前向きに生きていこうというマインドに変わります。『もうだめだ』と、考えることをやめてしまうと、それこそ人生が終わってしまう。考えることだけはやめないでほしい」と訴えました。

 続いて、佐野さんは「自分へのメッセージでもあるのですが、思うように結果が出なくても、あきらめないでリハビリを続けてほしい。もうひとつは、障害を持っていても、車いすに乗っていても、どんどん外に出てほしいと思います。今まで知らなかったたくさんの人の温かさや優しさを感じられると思います」と社会とのつながりを持つ大切さを強調しました。

 イベント終了後も会場にとどまって、登壇者に質問する人たちの列ができました。脳卒中の自費リハビリへの関心の高さをうかがわせました。

イベント終了後、登壇者に質問する人たちの列ができた

イベント終了後、登壇者に質問する人たちの列ができた

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