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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

コラム

29歳女性が自殺未遂、「賭ける恋」、その心は?

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 昨年10月に、29歳の有名貴金属会社の営業職、松浦亜紀さん(仮名)が、精神科を受診しました。睡眠薬を大量に飲んで自殺を図りましたが、幸い未遂に終わり、回復して私の外来を訪れました。

自殺未遂で緊急入院の後、精神科受診

イラスト 奥山裕美

イラスト 奥山裕美

私 : 自殺未遂で緊急入院されたんですね?

亜紀: そうです。

私 : その後いかがですか。

亜紀: 会社に復帰できました。

私 : 良かったですね。今日は、どうされましたか?

亜紀: 彼が親の反対に負けて、私との結婚を投げだして別れることになりました。その傷は一生、治らないと思います。

私 : 裏切られた傷ですね。

亜紀: 信じていましたから。ひどい裏切りでした。

私 : 恋愛問題は難しいですね。

亜紀: 生き残ったので、心の整理をしたいのです。

私 : では、次回からカウンセリングに入りましょう。

傷ついた心を整理する

 私 : 心の整理と言っていましたね。

亜紀: 本当は思い出したくはありません。でも、なんとか気持ちの整理をつけなければと思っています。

私 : 相手の親の反対があったんですね。

亜紀: 彼は頑張って説得するって言っていたのに、それが数週間で変わってしまったんです。

私 : 父親、母親どちらかな?

亜紀: 父親が強く反対、母親や親戚もです。

私 : 親の反対?

亜紀: 相手の気持ちが変わってしまったのが許せないんです。

私 : そうでしょう。

亜紀: 反対は予想されていたんです。私はバツイチですし。でも、「今の君を愛している」って言ってくれたのに……。

私 : なるほど。今日はこれくらいにしましょう。お願いがあります。次回までに、箇条書きでもかまいませんから、気持ちの流れを書いてきて下さい。用紙をお渡ししますね。

亜紀: 気持ちを整理するつもりで、やってみます。

 彼は両親を説得したと言うのですが、実際はどうだったのでしょうか。ここまで亜紀さんに聞いた話から、彼と両親のやりとりを再現してみます。

「家の格式が釣り合わない」

 彼 : 3年交際している女性と結婚したいんだ。家に連れてくるから会ってほしい。

父親: 中小企業のサラリーマンの娘、バツイチの女性か……。

彼 : しっかりしているし、仕事もできる人だよ。

父親: 再婚になるんだろう。ダメだ!

彼 : 関係ない。

父親: 年齢はともかく、うちとは格式が違う。悪いけど、興信所を使って調査したよ。うちは、代々、本家で、12代も続いている家だよ。家名に泥を塗るのは許さない。

彼 : 母さんは、どうなの。相談しただろう。

「祝福される結婚をしてほしい」

母親: お父さんはわかってくれないのよ。昔と違って、今は当事者の意思で結婚するのよと言っても同じ返事。

彼 : 母さんは賛成してくれるんだね。

母親: 反対とは言わないけれど、みんなに祝福される結婚をしてほしいと思っていますよ。

彼 : 話が違うよ。

父親: 2人とも反対だ。勘当したいところだ。

彼 : どうしてなんだ。憲法でも、認められている権利なのに。家を出て2人で生活するよ。

父親: 生活はどうするんだ。お前の収入では2人、やっていけないぞ。

母親: 思い直してよ。苦労して29年間、お前を育ててきたのよ。何の不満があるの。お母さんの、どこがいけないの。言ってよ。

(泣き崩れる)

 父親: 親の意見が聞けないなら、今すぐ家を出ていけ。家に帰ってくるな。

恋愛は熱病

  次の回では、亜紀さんが書いてきたメモを基にカウンセリングを深めていきました。

私 : 書いてきましたか?

亜紀: つらい作業でした。私の生い立ちも書きました。

私 : これで実のあるカウンセリングになりますよ。

亜紀: 裏切りの件ですが、彼のような人は多いのですか?

私 : う~ん。人によるね。

亜紀: 誓ってくれたのに、それが変わるなんて……。 

私 : そうか。

亜紀: 言葉だけでなく、深く結ばれていたと思っていたのに……。

私 : 恋愛は熱病ですよ。

亜紀: そうですね。気持ちや体が、フワフワ、ドキドキして体が熱くなって、ほかのことは考えられない。自分でないように感じます。

私 : 熱病だから、必ず冷めますよ。

亜紀: 冷めますか。

私 : そうですね。

亜紀: 冷めるんですね。

私 : 決意や誓いは、その時の真実です。しかし、長くは続かない人もいます。

亜紀: 家族の反対もあって、熱が冷めたということですか。

私 : そうでしょうね。

亜紀: 裏切られただけではなく、気持ちが冷めてしまったんですね。

私 : わかりますよ。

亜紀: また、来ます。

 冷める、冷めない、家族……とつぶやきながら部屋を出ました。

「賭ける恋」、その意味は!?

  カウンセリングはその次へと続きます。

私 : どうですか。

亜紀: 自殺未遂の件で、友人にも電話して話を聞いてもらいました。親には相談できませんから。

私 : そうでしょうね。

亜紀: 友人は彼の状況から、「あなたの人生を1人で歩むしかないよ」と助言してくれました。

 カウンセリングを深めるうちに亜紀さんは、本心を明かしてくれるようになりました。

亜紀: 私、賭けたんです。これからの自分の生き方を賭けたんです。

私 : 賭ける?

亜紀: 気持ちや結婚について、彼の気持ちが冷めていることは、表情から感じていたんです。彼は、他人事のように淡々と話していましたから。

私 : なるほど

亜紀: 自殺は、賭けだったんです。このまま死ぬのなら、死ねばいい。愛に殉じて死んだんだから。もし助かれば、一から人生をやり直そう。彼とは全く関係のない、人生を。

私 : う~ん。

亜紀: 愛に殉じたかった。

私 : なるほど。

亜紀: 未遂ですんだので、私の人生を生きます。

私 : 新たな人生に、賛成です。自分を大切にしながら自分の人生を生き直しましょう。これで、カウンセリングは終了です。

命を賭けて人生を決める、危険な選択

  「賭ける恋」という言葉を聞いたのは、ベテランのカウンセラーからでした。彼が経験した事例です。24歳の恵子さん(仮名)は、失恋した時に、多くの車が行き交う道路に突進しましたが、幸い助かりました。カウンセリング中に、彼女は言ったそうです。「先生、賭けたんです。死ねば、愛を貫ける。生き残れば、新たな私の人生を生きるって」

 「死んでもかまわないという絶望」と「新しく生き直したいという希望」に揺れて、思い切った賭けに出る行動を、「賭ける恋」とそのカウンセラーは呼んだのです。

 恋に命を賭けるというのか、人生を賭けたギャンブルですね。「賭ける恋って、あるんだね」と2人で話し合いました。

 私はほかにも、こういう方のカウンセリングを経験しています。その人は、「死ねば意思を貫き通す満足感があるし、愛の清算ができます。生き残れば生きる価値があると神様が判断してくれたのだから、新しい人生を歩きます」と話していました。

 私はこれまでに「賭ける恋」の3人の事例を直接、間接経験しましたが、全員が女性でした。

 マコトの一言でまとめます。

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夏目誠(なつめ・まこと)
 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会前理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。ブログ「ストレス点数の夏目」はこちら

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