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ハンセン病 被害家族「胸熱く」…補償法成立 差別解消願う

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 「家族被害」の解決へ大きな前進――。ハンセン病元患者家族補償法と改正ハンセン病問題解決促進法が15日、参院本会議で可決、成立した。傍聴席に詰めかけた家族訴訟の原告らは苦難の人生を思い、喜びの表情を浮かべた。国立ハンセン病療養所の入所者からも、家族との関係修復を期待する声が上がった。

 この日は原告3人が、支援者らと傍聴席で採決を見守った。法案が全会一致で可決されると、握手をしたり、抱き合ったりして喜んだ。全員で起立して頭を下げると、議場から拍手がわき起こった。

 「胸が熱くなった。提訴後のことが頭をよぎり、感動した」「今後が大事。隔離政策を進めてきた国はこれまで以上に差別解消に取り組んでほしい」。傍聴した原告は顔や名前を明かしておらず、弁護士を通じて報道陣に感想を寄せた。

ハンセン病 被害家族「胸熱く」…補償法成立 差別解消願う

 原告団の林力団長(95)は、福岡市の自宅で弁護士からの連絡を受けた。「元患者や家族が受けてきた『人生被害』に見合うものではないが、多くの方々の尽力のおかげで感謝したい。国は実効性のある教育・啓発に力を入れてほしい」と語り、弁護団は「家族被害の全面解決に向けて大きな前進をもたらすもので、高く評価する」とのコメントを出した。

 一方、ハンセン病療養所の入所者は、今後の家族との関係修復を願った。菊池恵楓園(熊本県 合志こうし 市)入所者自治会の志村康会長(86)は妹が結婚差別を受けた過去に触れ、「家族は筆舌に尽くしがたい差別を受けてきた」と強調。いまだに一部の兄弟との連絡を絶っているといい、「法律ができても、すぐには連絡できない。『差別は罪だ』と国を挙げて啓発していかなければ、この問題は解決しない」と訴えた。

 自治会によると、園内の納骨堂には、今も引き取り手のない遺骨1337柱が眠る。この日、志村さんらは納骨堂に手を合わせ、法の成立を報告したという。

 太田明副会長(75)は「長年の隔離で、家族関係が断絶してしまった入所者も多い。関係修復は難しいかもしれないが、家族が日常的に園を訪れるきっかけになればいい」と話した。

原告女性「新たなスタート」…元患者の父を語れず「後悔」

 「法の成立はうれしいが、家族への差別がなくなったわけではない。今日が新たなスタート」。父が元患者だった福岡県内の原告女性(50歳代)は、そう言って前を向いた。

 父は菊池恵楓園と自宅を行き来して暮らした。女性は幼少時から「恵楓園の子」と言われ、激しい差別を受けてきた。学校では友達はおらず、教師にも無視された。「私は差別される人間なんだ」と心を閉ざした。

 「病気でなければ」と何度も思ったが、それでも父のことは好きだった。家族でハイキングに出かけたこともあるが、女性は父が心から笑った顔を一度も見たことはない。父は20年以上前に亡くなった。

 女性は結婚し、子供2人を授かったが、父について語ることはなかった。「父のことを隠し、ともに差別と闘えなかったのを後悔してきた」。そんな思いから訴訟に加わり、熊本地裁判決後は積極的に活動した。国に控訴断念を求めるため、国会での要請活動を行い、厚生労働相との面会では元患者家族として苦難の半生を伝えた。

 「差別と闘う背中を子供に見せたい。子供にも強く生きてほしい」。8月には、長女(20歳代)に父がハンセン病だったと初めて打ち明けた。長女は「お母さんの活動を応援するし、誇りに思う」と言ってくれた。

 法成立は家族には大きな一歩だと思う。ただ、今も周囲に隠し続けるきょうだいに配慮し、実名は明かせない。それでも、訴訟をきっかけに差別根絶への思いは強まった。「差別をなくす一歩になれば」と今月、福岡県内で自らの体験を語る予定だ。「ハンセン病を知らない人に当事者として体験を伝えたい。いつか顔や名前を出して語れる日が来ればいい」と願う。

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