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コラム

[タレント 杉原杏璃さん](下)株で目指すは「40歳で2億円」 補整下着も開発し販売…女性の夢をかなえるために

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 グラビアアイドルとしての活動の傍ら、株式投資でも成果を上げている杉原杏璃さんは、自ら補整下着を開発し、販売する事業家でもあります。そのバイタリティーを支えるのは、「女性の自立を進めたい」という思いです。アラフォーを目前にした心境もお聞きしました。(聞き手・塩崎淳一郎、撮影・小倉和徳)

広島生まれの野性児

[タレント 杉原杏璃さん](下)株で目指すは「40歳で2億円」 補整下着も開発し販売…女性の夢をかなえるために

――広島のお生まれですね。

 私の出身地は広島県福山市です。駅や福山城の近くに住み、男の子みたいな少女時代を過ごしました。仲間とみんなで山に「基地」を作ったりとか、防空 (ごう) も数多く残っていたので、その中でコウモリを捕まえたりして遊んだり。リカちゃん人形などは一切持っていませんでした。ままごと遊びをする子どもではなかったんです。外で遊ぶのが大好きな健康優良児で、インフルエンザもいまだにかかったことがないぐらいです。

 上京したのは19歳の時です。まだ子どもでしたし、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に家族と暮らしていたので、お留守番をしたこともなかった。だから、上京してすぐにホームシックになりました。週末になると、「帰りたい」と泣きましたね。でも、泣き言を家族に言うことはありませんでした。心優しい親ですので、「つらいなら帰ってきなさい」と言うのが分かっていましたから。自活できるまでは、絶対に「帰りたい」と言わないでおこうと、19歳ながら心に決めたんです。福山に帰った自分が何をするか、というイメージも湧かなかったし、東京で頑張るしかなかったんです。

――頑張ったかいあって、グラビアアイドルとして成功しました。

 お (なか) に脂肪がたまるタイプなので、お腹が出ないように常に意識していました。腹筋運動が苦手だったので、電気刺激で腹筋を鍛えるEMS付きのベルトを巻いたり……。ファンの方から高価なベルトをいただいたこともありましたね。まさにファンと一丸となって体を作っていました。

 最初はプロ意識に欠けていて、「なんで日焼けしてはいけないの?」と疑問に思うこともありましたが、周囲に私を一生懸命支えてくれる人がいたので、精神的にも大人になって、自分のすべきことを理解し、高い意識をもって取り組めるようになりました。

「きれいであり続けること」にこだわる 

――補整下着の事業も手掛けています。

 自分が10年以上、本気で取り組んできたグラビアアイドルの方法論のようなものを、皆さんに引き継ぎたかったんです。体形維持をはじめ、アイドルを続ける上で培った技術を伝えたい。そうして、私の10年が何か、誰かの役に立つことができればと、きれいになりたい女性に、自分なりに開発した補整下着を提供しているんです。

――どんなアイドルでも年齢は重ねます。

 いつまでもかわいい存在ではいられない世界にいたので、なおさら、きれいであり続けることにこだわる女性でいたいのです。10代や20代ならコンビニで売っている化粧品でも女性は美しくなれる。土台がきれいだから。でも、30代や40代になると、どうしても高価なブランド化粧品をこだわって使うようになるんです。それと体形維持は同じだと思う。

 服で隠れるからいいだろうと思う方も多いのですが、実際は下垂が始まっている。私が補整下着を手掛けているのは、こうした年代の方の体形維持をなんとかしたい、という思いからです。

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