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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

コラム

「家に帰りたい」と言う乳がん末期の母 「無理だ」と取り乱す息子…どうする?

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「おむつ、しょうがない」 本人の覚悟

 患者の状態を考えれば、在宅介護に移行した場合、 看取(みと) りも視野に入れることになります。しかし、これからの時をどのように過ごすのか、本人と家族の考えが一致していませんでした。退院した場合、その後、どんな生活や介護になるかのイメージについても、具体的にわかっていませんでした。

 そこで退院支援看護師は、まずは本人の「家で親子3人で暮らしたい」という思いを (かな) えるため、患者の身体の状況をふまえ、家で暮らすことで現実に起こり得る様々な課題や生活の変化を洗い出すことにしました。

 家族にとって一番の課題になるのは、家でのトイレ介助だと考えました。

 下肢のむくみがひどく、転倒も予測されます。患者は比較的体格がよく、トイレ介助には2人の力が必要になります。病棟では、1日に10回以上、ポータブルトイレへの移動を介助していましたが、在宅ではおむつの着用も視野に入れることになるだろうと、退院支援看護師は考えました。それには患者本人の協力も必要で、考えを聞く必要がありました。このような羞恥心にかかわることは、息子や夫から母親に話すのは難しいと思い、直接、患者に聞くと、「それはしょうがない。それでも家に帰りたい」とはっきりと言いました。

本当は心がゆれていた息子

 息子が抱える不安は何だったのでしょうか。

 退院支援看護師は、改めて息子や夫と話し合いました。息子は、母親からはっきりと家に帰りたいと言われ、「希望を叶えてやりたい」と思う反面、入院前の身体の悪化を目の当たりにして、在宅介護の厳しさを感じており、心はゆれていました。また、同じく高齢の父が、いつ何時、健康を害するかわからないことも不安材料でした。退院支援看護師は、在宅になった場合に息子が仕事を続けられるかどうかが気がかりでしたが、その点は考慮の余地があるとのことでした。

 そこで、まず、入院前にかかわっていたケアマネジャーに、どんな支援が受けられるか相談することを提案しました。病気の症状には訪問診療を取り入れ、在宅看取りについてはあらかじめ訪問医に相談できること、介助方法については理学療法士のアドバイスを受けられること、必ず在宅で看取らなければならないわけではなく、状況に応じて入院も選択できることも説明しました。また最後に、 排泄(はいせつ) の介助を受けることについての、母親自身の思いも伝えました。

患者と家族が納得して退院へ

 患者が何を望み、どんな療養をしたいのかを軸に、想定される患者の身体の変化と生じ得る課題を見極め、関係者の支援につなぐ。そうした取り組みの末、最終的には、患者と家族双方が、在宅で暮らすことに納得し、退院を決めました。病棟主治医から退院支援看護師に、そして地域の専門家へと橋渡しできたケースです。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大准教授(生命倫理分野)、同大公衆衛生大学院兼任准教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講予定(認可申請中)。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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