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心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」

医療・健康・介護のコラム

養父母の虐待、家出、借金 やっと手にした幸せも悲惨な事故が…夫と息子を失った38歳女性を支えたもの

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 「先生、私は『不幸な女』なんですよ……」

 と、Y美さんはその日、自嘲気味に話し始めた。

 今日は、ちょっと長くなるのかな? 私はやや身構えながら、彼女の身の上話を聴くことにした。

養父母の虐待、家出、借金やっと手にした幸せも悲惨な事故が奪い…夫と息子を一度に失った38歳女性を支えたもの

イラスト:高橋まや

「私の子じゃない」と言われ

 Y美さんは、38歳の女性。外来での診断は「うつ病」。抗うつ薬などの治療があまり効かないので困っていた。

 彼女の両親は、早くして離婚した。Y美さんは母親のもとに引き取られたが、母親は子どもを育てる気がなかった。前夫からのレイプまがいの行為でできた子を、どうしても愛することができなかったのだ。

 何とか母親の姉夫婦に引き取られたものの、そこでも厄介者扱いされて育った。 従姉妹(いとこ) たちからは、いつもいじめられた。養父母に訴えても、聞いてはもらえなかった。逆に、「おまえはいつも人の悪口を言う」「育ててもらっているのに感謝していない!」と、 (たた) かれたり、食事を抜かれたりした。

 「要するに私は、『いらない子』だったんです」とY美さん。

 中学校で、いわゆる「不良グループ」とつるむようになり、高校生になると、家出と万引きを繰り返した。

 「何か、生きてるって実感がなくて……。いつ死んでもいいやって思ってたんですよ」と彼女は語る。

 実の母親とは、その頃、二、三度会った。伯母の所に、金の無心に来たことがあったのだ。Y美さんは、自分をここから連れ出してくれと訴えた。

 「でも、『私の子じゃない』って言われました。 同棲(どうせい) している男がいるらしくて、面倒だったんでしょうね。さすがにショックでした。あんな母親でも、本当は愛してくれていると思いたかったのに」

どこにいっても「不幸」がやってくる

 高校を出たらすぐに上京した。伯母の家はもうイヤだった。バイト先で知り合った男と一緒に暮らし始めた。

 「自分勝手なヤツで、よくケンカして殴られました。それでも『オマエが好きだ』と言ってもらえるのがうれしかった」

 人に愛されるのは初めての経験。でも長続きはしなかった。男は女癖が悪かった。誰にでも「好き」と言っては関係をもつ。けなげに「待つ女」をやっているのにも疲れて、結局別れた。

 その後も何度か、出会いと別れがあったが、なぜか続かない。やけになって、クスリや酒に手を出し、パチンコで一日を過ごした。借金がかさんで夜の仕事を選び、そこでまたひどい目にあった……。

 「どこにいっても、『不幸』がやってくるんです。まわりの人たちも、みんな不幸にしてしまう。私なんか死んだ方が、みんなが幸せになれる」

 Y美さんは、ひどく落ち込むようになり、不眠と不安が強くて、心療内科の外来を訪れたのだった。

自分の価値を認めてくれる男性と

 抗うつ薬はあまり効かなかったが、カウンセリングは効果があった。女性のカウンセラーと気が合って、しばしば通うようになったのだ。

 「この前、彼女から『Y美さんは強い人ですね』と言われて驚きました。そんなこと思ったことがなかった。つらいことや苦しいことに耐えてここまでやってきたことを、ほめられたんです。とってもうれしかった。これまでのことを、『不幸』と思わずに『修行』だと思えば?とも言われました。私は、人生から試されている。その修行の過程だと思えばいいって……」

 Y美さんは少し体調が良くなってきた。がんばってきた自分の価値を、認めてもいいような気がしたのだ。そして、それをきちんと認めてくれる男性と出会って結婚した。スタッフも口々に「おめでとう!」の言葉を贈ったのである。

 しかし、2年後に外来を受診した時、彼女は再び深い「うつ」を患っていた。

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梅谷 薫(うめたに・かおる)

 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

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