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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

ポリオ 生ワクチン緊急輸入の歴史も 根絶まで油断せず接種を

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ナイジェリアで根絶。残るはアフガニスタンとパキスタン

ポリオ 生ワクチン緊急輸入の歴史も 根絶まで油断せず接種を

 ポリオについて、今年大きなブレイクスルーがありました。 ポリオ・ウイルスには3種類あるのですが、そのうちの1つが地上から姿を消した、絶滅したと報告されたのです

 すでにタイプ2と呼ばれるポリオ・ウイルスは4年前に根絶されました。今回、世界保健機関(WHO)が根絶を宣言したのはタイプ3と呼ばれるポリオ・ウイルスです。よって、地球上に存在するのはタイプ1だけとなりました。現在、タイプ1のポリオはアフガニスタンとパキスタンに存在しています。タイプ3はナイジェリアで見られていたのですが、7年前から患者が見られなくなり、今回根絶されたと宣言されたわけです。

脊髄の運動神経に感染 歩行障害が残る場合も

 ポリオ・ウイルスは急性 (かい)(はく)(ずい)(えん) という病気を起こします。灰白髄炎といっても意味がわからないですね。中枢神経はざっくり分けると脳と脊髄に分類されます。頭にあるのが脳、背中に伸びている長い (ひも) 状の神経が脊髄です。ポリオは要するに、この脊髄の病気を起こすのです。

 脊髄には運動神経と感覚神経があって、人間が体を動かしたり、あちこちを触ったときの感覚を脳に伝えたりしています。ポリオ・ウイルスはその運動神経の走っている脊髄の前半分に感染します。ここを灰白質と呼ぶので、灰白髄炎なのです。ちなみに、polioはギリシャ語の灰色の意味に由来します。これで言葉の由来はぜーんぶ分かりましたね。

 運動神経がやられると、手足がうまく動かなくなります。脳はダメージを受けていないので、ポリオ患者の思考は一般には正常です。また、感覚神経のダメージもないので、触覚などについては問題ありません。感染者のほとんどは後遺症なく元気になるのですが、一部の感染者は運動障害を残してしまいます。死亡リスクは高くありませんが、歩けなくなるなど、生活のクオリティーが下がってしまう怖い病気です。これといった抜本的な治療法もありません。

冷戦下の旧ソ連から生ワクチンを緊急輸入

 ポリオ・ウイルスは口から入って感染します。感染者の 糞便(ふんべん) から数週間はウイルスが排出されるので、これが新たな感染の原因にもなります。

 もちろん、現在の日本ではポリオ感染は起きていません。しかし、以前は国内でもポリオはよく見られていました。これは、ワクチンによる予防のおかげです。

 1960年(昭和35年)、日本でポリオの大流行が起きました。何千人という感染者が発生して大きな問題になりました。当時、日本は注射の「不活化ワクチン」という予防接種を使っていましたが、このワクチンは効果が不十分で流行を抑えることができません。当時の厚生大臣古井喜実は「責任は大臣が取る」と宣言して、冷戦状態の中で旧ソビエト連邦(そしてカナダ)からポリオの生ワクチンを緊急輸入しました(1961年)。

 生ワクチンは口から飲むワクチンですが、腸の中で増殖する「生きているワクチン」です。注射よりも効果が高いのです。これによって日本最大のポリオ大流行は終結したのでした。今はいないよねーー、こういうガッツのある大臣。どっちかというと無責任体質なので、必要なワクチンが打たれないマンマです。例えばHPVワクチンとかね。「責任は私が取る」なんて言う政治家は皆無で、たとえ言ったとしても結局責任は取らないよね。

2012年からは不活化ワクチンに切り替え

 効果が高かったポリオ生ワクチンですが、大きな欠点がありました。ワクチンが「生きている」ために、まれにこのワクチンそのものが灰白髄炎を起こしてしまうのです。生ワクチンは一般に「ワクチンそのものによる病気」を起こすのが欠点ですが、特にこの欠点が問題だったのがポリオでした。

 生ワクチンも腸で増殖し、糞便から排出されて他の人に感染します。そして、これまたワクチンが原因で「ポリオ」の原因となるのです。頻度としては580万接種に1回。毎年何千人という患者が出ていた1950年代から大流行の1960年までなら、この副作用は「相対的には微々たるもの」でした。しかし、ワクチンのおかげでポリオ患者がほぼほぼゼロになった現代では、このような何百万分の一のまれな副作用も無視できない大きな副作用となります。

 副作用は常にもとの病気のインパクトとの相対的な関係で評価されねばならないのです。日本でも2012年からはポリオワクチンは注射の「不活化ワクチン」に戻されました。効果は若干落ちますが、ポリオがまれになった現代ではより安全なワクチンのほうの意義が大きくなったのです。

 現在でも生ワクチン由来のポリオや海外のポリオは存在しています。ここでガードを下げてワクチン接種をやめてしまうと、またポリオが再流行してしまう危険があります。最後のポリオが根絶されるまで、油断せずにワクチン接種を続けなければなりません。 2015年に日本は麻疹の排除に成功しましたが、その後、海外から麻疹ウイルスが入ってきて再び流行が何度も起きています

 グローバルな世の中では、海外の感染症も全て「自分たちに密接に関わる健康問題」です。世界からポリオが根絶されるまで、我々は予防接種を必要とするのです。

4種混合ワクチン 成人は?

 ポリオ・ワクチンは現在では3種混合ワクチンに加えた「4種混合ワクチン」として用いられています。3種混合とは、ジフテリア、 百日(ひゃくにち)(ぜき) 、破傷風の3種です。「百日咳」の記事でも説明しましたが、かつて成人に副作用が多いと考えられた「3種混合ワクチン」は一応大丈夫ということで、成人にも接種できます。

 では、ポリオを加えた「4種混合ワクチン」を成人に接種すべきか。答えは、「時々」イエス、です。

 例えば、白血病などで造血幹細胞移植を受けた患者さん。白血病の移植治療では、がんになった白血球を化学療法などで排除し、他人の造血幹細胞(血液細胞のもと)を移植します。そのとき、かつて持っていた免疫記憶はぜーんぶなくなってしまうので、「予防接種のやり直し」が必要なんです。これ、本来なら定期予防接種制度で全部カバーしてくれるべきですが(やり直しなので)現在、成人患者にはそのようなシステムがないので、全額自己負担、医療保険もききません。大変だーー。

 さらに、です。この4種混合ワクチン(そして3種混合ワクチンも)、日本のワクチンはみんな「皮下注」なのです。ピカチュウじゃないよ、ヒカチュウ。一般に皮膚の下に注射すると痛くて、腫れるのです。それでなくても3種混合は腫れやすいから海外では成人には打ってはダメ、になっているのに。海外では痛くない筋肉内注射なので、ここはぜひ直していただきたい!

 ポリオについては世界的に大きな前進がありましたが、日本ではいろいろまだまだ後退したままなのです。(岩田健太郎 感染症内科医)

 参考文献  加藤茂孝『「ポリオ」-ルーズベルトはポリオではなかった?』モダンメディア2010年3号

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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