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スポーツDr.大関のケガを減らして笑顔を増やす

コラム

エキサイティングなラグビーも、安全であってこそ楽しい!

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最高にスリリングなジェントルマンのスポーツ

 ラグビー日本代表の躍動は日本の多くの人の心を揺り動かしています。今回のワールドカップでも、鍛え上げた体で世界の強豪に立ち向かう姿、華麗なランやパスで生み出されるトライ、様々な国籍の日本代表選手が歌う君が代、そして激しい戦いのあとに相手選手と (たた) え合う姿……、何度、目頭が熱くなったことでしょう。しかし、どれほど身体を鍛え上げたとしても、「スピード×体重」の外力がコンタクトプレーで加わる以上、ラグビーはケガと隣り合わせです。安全面への配慮は厳重に行われなければなりません。

 今回はラグビーのタックルについての話です。

 大学ラグビー部のXさんは小学生でラグビーを始め、中学、高校、大学と続けてきました。ポジションは日本代表のリーチマイケル選手と同じフランカーです。ある試合で、味方チームのスタンドオフのキックを相手ウィングがキャッチし、タッチライン際を走ってきました。その選手をタックルで止め、タッチラインの外に押し出しましたが、その後から右肩付近から右手にかけて、しびれと痛みが出現し、他の選手と交代することになりました。

 ラグビーの 醍醐味(だいごみ) の一つが、相手を止めるタックルです。味方のトライのシーンはもちろんエキサイティングですが、相手の得点につながりそうなトライを、体を張って止めるタックルは、ゲームでも最高の見せ場ですし、仲間との圧倒的な信頼感を生み出すプレーです。ただ、全力で向かってくる選手との衝突のエネルギーは非常に大きいため、時にケガが発生しまいます。タックルの場合、正しい姿勢、正しい方向に行えば、それほど問題は起きませんが、突発的に反対の肩でタックルに入ってしまうなど、首に思わぬ負担が加わった結果、手や腕にしびれや痛みが発生することがあります。

ラグビー、それは最高にスリリングなジェントルマンのスポーツ

 これは、 腕神経叢(わんしんけいそう) と呼ばれる部位で、神経がけん引されることで、しびれや痛みが生じると考えられています。腕神経叢には、 頚髄(けいずい) から枝分かれした神経が鎖骨の奥付近で集まっています。これらの神経は、手や腕の運動や感覚をつかさどっているため、ダメージが加わると、手に焼けるような痛みやしびれを起こします。これをバーナー症候群(スティンガー症候群)と呼び、数分で症状が軽快することもあれば、症状が長引き、慢性化してしまうこともあります。

ラグビー、それは最高にスリリングなジェントルマンのスポーツ

 痛みの軽減には、一定期間、首から肩の周囲を安静に保つ必要があります。さらに、加齢や、長期間にわたって蓄積された負担によって、元から首自体に問題があるケースもあり、頚椎MRI検査を行うこともあります。症状が改善してきたら、再発を防ぐためにも、頚部周囲の筋力トレーニングをしっかり行う必要がありますが、安全なタックルの練習を積み重ねることも大切です。

安全なタックルの普及が大切

 リスクの高い姿勢でタックルを行う選手の場合、バーナー症候群などの首の外傷のほか、肩の脱臼や脳しんとうも発生しやすくなります。ジャパンラグビーのトップチームである「クボタスピアーズ」、および明治大学ラグビー部のチームドクターを務める順天堂大学整形外科の川崎隆之先生らが作成したラグビー外傷予防のパンフレットには、安全なタックルをするためのエッセンスが詰まっています。特に指導者の方も含めて多くの方で共有していただきたい情報です(掲載許可をいただきましたので、文末に掲載しています)。

 それではXさんの経過です。

 しばらく安静にすることで症状は落ち着き、1週間後には、痛みやしびれなどの症状は完全に消失していました。試合をビデオでチェックしたところ、受傷したタックルは逆ヘッドタックルでした。頚部の筋力トレーニングを段階的に開始したのち、タックルの基礎練習をこれまで以上に反復し、逆ヘッドタックルにならないよう練習を行いました。以降、コンタクトプレーにおいても手や腕にしびれが出ることなく、ラグビーを続けています。

 様々な個の集まりが一つのチームを作り、一緒に汗を流した仲間のために身体を張り、勝利を目指すラグビー。ワールドカップの盛り上がりで、ラグビーをしたいと思う子供たちが増えるかもしれません。その時、安全な環境を用意しておくのは、私たち大人の役割です。指導者、保護者、そして医療関係者が、体やケガの適切な知識を共有し、安全な環境でラグビー、そしてスポーツを楽しめる社会を作っていきたいですね。

 ラグビー日本代表はもうどこの国に勝っても、奇跡でも何でもありません。選手が輪になって歌う「ビクトリーロード」を、少しでも長い期間、聴けることを祈念しています。(大関信武 整形外科医)

安全なタックルの普及が大切

安全なタックルの普及が大切

安全なタックルの普及が大切

【スポーツ医学検定のご案内】

 スポーツに関わる人に正しい知識を広め、不意のけがや故障を減らすことを目的とした「スポーツ医学検定」を実施しています。スポーツ選手だけでなく、指導者や保護者の方も受けてみませんか(誰でも受検できます)。

 2019年12月8日に開催する第6回スポーツ医学検定の申し込みは ホームページ で開始しています。

 本文のイラストや写真の一部は、「スポーツ医学検定公式テキスト」(東洋館出版社)より引用しています。

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Ozeki-7-pro

大関信武(おおぜき のぶたけ)

整形外科医・博士(医学)
一般社団法人日本スポーツ医学検定機構代表理事

1976年大阪府生まれ、兵庫県立川西緑台高校卒業。
2002年滋賀医科大学を卒業。2014年横浜市立大学大学院修了。横浜市立大学付属病院、横浜南共済病院、関東学院大学ラグビー部チームドクター、英国アバディーン大学研究員などを経て、2015年より東京医科歯科大学再生医療研究センター所属。現在、東京医科歯科大学付属病院スポーツ医学診療センター、八王子スポーツ整形外科などで診療。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。野球、空手、ラグビーなどを通じて、アキレス腱断裂、野球肘、肩関節脱臼、足関節靱帯損傷、骨折(鼻骨、手首、下腿)など自身が豊富なケガの経験を持つ。スポーツのケガを減らしたいとの思いで、2015年12月一般社団法人日本スポーツ医学検定機構を設立し、「 スポーツ医学検定 」を開催している。

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2件 のコメント

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安全で質の高い技術は教えるか学ばせるか?

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

匿名の質問箱に、「学生たちは指導されていると思っていないぞ」とか来ました。 野次馬のノイズか、伸び率の悪い部員やOBかわかりませんが、喋りやすい...

匿名の質問箱に、「学生たちは指導されていると思っていないぞ」とか来ました。
野次馬のノイズか、伸び率の悪い部員やOBかわかりませんが、喋りやすい選手ややる気のある選手中心に資料や直接指導内容を組み立てているので、そう感じる部員や保護者、関係者も多数いると思います。
一方で、選手たちの当初の理解や感情に合わせて迎合していたらレベルアップしませんし、勝ちあがる実力などつきませんし、本当に大事なのは自ら学ぶ選手を増やしてチームの雰囲気を変えることです。
むしろ、指導に気付かれない誘導が最良という説もあります。

18や20歳で進路の大半は決まりますが、実力にはまず天井はありません。
伸び悩むプロもいますし、プロ以外も個々の選手が他の業界に進んで成長していくのもそうですが、様々な努力や工夫を無視するなど愚かな事です。
特に多様な未来のある医学生であれば。

少しパワハラ気味な態度で叱りつける指導者の方が選手たちの印象に残って感謝されると聞きますが、成長と結果に加え、指揮権や感謝も求めるとかハードルが高いから、伸びる選手の感謝や信頼を信用して自主性を尊重しています。

実際、メディカルと指導者の線引きもそうですが、教えることと学ぶ学ばせる気付かせるの線引きも難しいです。
怪我や試合の結果論も絡む中では難しい事です。
そして、さらに難しいことに、多くのスポーツの基礎は多くの子供には楽しくない体力練習や技術練習で、その先にもっと高次の技術やその論拠の理解があります。

敗北や劣等感あるいは向上心から必要性を学んで習慣に落とし込むのが大事なので、より多くの選手を底上げするには選手や指導者だけでなく保護者やファンの高い理解や支援も大事になってきます。
安全で、高度で、魅力的で、教育的なスポーツ産業の構築のために。

言うのは簡単で申し訳ありません。

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怪我の予防はメディカルかトレーニングか?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

とあるスポーツシンポジウムで、有名クラブチームドクターが同じような問題の悩みを吐露されていました。 怪我が発生していたら、それはメディカルチーム...

とあるスポーツシンポジウムで、有名クラブチームドクターが同じような問題の悩みを吐露されていました。
怪我が発生していたら、それはメディカルチームの仕事ですが、プレーの結果も絡むプレーやポジションの話になって、メディカルに口を出されてうれしい監督はまだそれほど多くはないでしょう。
しかし、現実問題として、基礎体力、基礎技術に戦術の問題から怪我が発生することが多いのは、競技を問わず初心者から中級者になる過程での怪我人が多いことでわかります。
また、移籍やスポンサーの変更による種々の環境の変化も怪我の発生率を高めます。

もちろん、技術や戦術の議論に耐えうるメディカルスタッフがどれだけいるのか不明です。
逆に、僕自身がクラブのメディカル勤務ではなく、医学部チームに教えているのも似ています。
JFA公認ライセンスをもったメディカルドクターも維持の問題で少し難しいとおっしゃってましたが、社会形成や文化の問題が絡みます。

今の時点では理想論ではありますが、今後、よりスポーツが高度化するにあたって、医療がスポーツの様々な側面と高次に融合することは不可欠だと思います。
ラグビーのイングランド代表のニュージーランドの撃破の試合も拝見しましたが、今までパワーのぶつかり合いと信じられてきたラグビーの局面に巧緻性を導入した部分が見受けられました。
いずれ15人の役割や個性のバランスも変わるかもしれません。

サッカーでも、戦術やポジションの役割には変遷やトレンドがあり、その中で、制約の多いベテランや怪我人、復帰者の使い方は戦術でもあります。
その中で、双方の知識人が歩み寄る、学び合う必要があるのではないかと思います。

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