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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援

コラム

フレイルって何? 夫がそうなっても気づかない

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 公営団地に住む橋本光江さん(仮名、83)は、午前10時になると隣の横井サキさん(同、87)の部屋に行くのが日課になっています。同じ団地で約50年、新婚から子育て、そして現在に至るまで家族のように過ごしてきました。それぞれに子供は独立し、光江さんの夫は2年前に他界しました。一人暮らしになってしまった光江さんは、朝、家事を済ませるとサキさんの部屋に行き、テレビを見たりしながら午前中を過ごすのが日課になっています。

「ご主人、すごくやせちゃって」

フレイルはだれかが気づかないと支援が始まらない

フレイルはだれかが気づかないと支援が始まらない

 いつものように2人でお茶を飲みながら新聞に入っていた地域の広報誌に目をやります。

 「ねぇねぇ、サキちゃん、最近この『フレイル』って言葉よく見るけど知ってる?」

 「さぁねぇ、難しい言葉は分からないわ」

 「なんか高齢者が弱っていくという意味らしいけど、いやぁねぇ。年寄り扱いされちゃって」

 「みっちゃん、でもやっぱり体の衰えは感じるわよ、最近。主人なんて一日中ベッドでテレビ見ているんだもの。デイサービスだって行きたがらないし、ご飯の時以外立ちもしないわよ」

 「そういえば最近、ご主人、達夫さん(仮名)の顔、見ないわね。ちょっと挨拶しようかしら。いるの?」

 「そっちの部屋でテレビ見ているわよ」

 光江さんは立ち上がってすぐ右手の (ふすま) を開けました。

 「達夫さん、お久しぶり。元気?」と声をかけた。その瞬間、光江さんが小さく「あっ」と声を上げました。

 「どうしたの達夫さん、すごくやせちゃって。なんか病気じゃないの?」

 「そうかしら。毎日見ていると分からないけど」

 「体重はどうなの」

 「量ってないけど……」

 「お医者さんには見てもらってるの?」

 「うん。でも特に何も言われないけど」

 「じゃあ、一度ケアマネ(ケアマネジャー)さんに言ってみたら。ちょっと異常よ」

 「そう。みっちゃんがそう言うんだったら聞いてみようかしら」

 妻たちの会話を達夫さんは他人事のように聞いていました。

栄養士の訪問指導で体重増加

 それから4か月後、光江さんが玄関のドアを開けると、隣の達夫さんがちょうどデイサービスに向かうところでした。「行ってらっしゃい」と声をかけると、達夫さんは軽く右手を上げました。

 その日も午前10時になると光江はサキさんの部屋に。

 「達夫さん、だいぶ元気になったわねぇ」

 「みっちゃんのおかげよ。ケアマネさんに言ったら主治医の先生に連絡してくださって。主治医の先生は病気のことは診るんだけど、栄養状態とかは詳しくないっていうので栄養士さんを派遣してくれたのよ」

 「へぇ、栄養士さんもうちに来てくれるんだぁ」

 「栄養士さんがね、効率のいい栄養の取り方とか教えてくれて、体重を量るようにしたのよ。48キロしかなかったんだけど、今ね、52キロまで回復したのよ。そうそう、フレイルとか言っていたわ」

 「結局フレイルって何だったの?」

 「よくわかんない」と言って二人で笑った。

フレイル予防は、周りのだれかが気づくことから

 フレイルとは、加齢によって心身が衰えることで、虚弱の意味です。対処をすれば回復しますが、そのままだと介護が必要な状態になる危険があるので、フレイル対策がしきりに言われます。フレイルになる大きな原因のひとつが栄養不良です。つまりもっと食べてほしいわけです。

 地域の高齢者で、口から食べることが難しくなっている人の割合は約16%という調査結果があります。高齢者の人口比率が高まっているわけですから、相当な数であることは想像できるでしょう。ただ、一概に口から食べることが難しいといっても、いろいろな段階があります。

 まったく食べられなくなって胃ろうを入れている人もいれば、少し食が細くなって体重が落ち気味の人まで。深刻な状況の方たちにケアが必要なのはもちろんですが、予防的な視点も踏まえて、軽度な時からケアをしなければなりません。

 では、専門職だけで軽いフレイルまで気がつくことができるかというとそれは不可能です。やせてくるのはフレイルの「黄信号」ですが、一緒に暮らしていると、サキさんのように異変とは感じないことも多いのです。久しぶりに会った光江さんが「やせちゃって」と気づき、医療者に相談するようにアドバイスして専門職のサポートが動き始めたわけです。

 周りの人の気づきがとても重要なのです。「最近やせてきた」「食事中のむせがひどくなった」「全然外出しなくなった」などの兆候があればそれをケアマネジャーなど適切な人につなぐことで、回復につなげることができます。

 現在、私たちが東京・新宿で実践している食支援活動のモットーは「見つける、つなげる、結果を出す、そして広める(MTK&H)」です。住民参加なしでは最期まで口から食べられる街づくりはできないのです。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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