精子に隠された「不都合な真実」
医療・健康・介護のコラム
精子検査だけで治療断念!? 「精子が先」の新たな不妊治療モデルは受け入れ可能か
最近、不妊治療を受けている患者夫婦から「クリニックで『精子のDNAに傷がついている』と言われた」と、相談を受けることが多くなりました。昨年、テレビで男性不妊の特集番組が放送され、その中で精子のDNAの傷と男性不妊の関連が紹介されました。その影響もあり、色素で精子を染めて、染まり方の違いでDNAの傷を判定する検査を導入するクリニックが増えてきたためです。
難しい話になりますが、精子のDNAの傷が、なぜ生殖補助医療において大きな問題となるのか、説明しなくてはなりません。
精子はDNAを修復できない
精子以外の体の細胞は、DNAに傷がつくとすぐに修復され、成功すれば生き延びますが、失敗すれば死んでしまいます。前回のコラムで、射精までに一部の精子のDNAに傷がつくのは「精子の宿命」だとお話ししましたが、精子は造られる途中でDNAを修復する力を失い、様々な原因による傷がそのまま残ってしまうのです。卵子は、進入した精子のDNAを修復しようとしますが、ほんのわずかの傷を治すのが精いっぱいです。
小さな精子の頭部には、23本の染色体がギュッと圧縮されて詰まっています。2枚の写真は、1匹の精子に入っているDNAを単一細胞パルスフィールド電気泳動法で引き伸ばしたものです。上の写真は、よく動いている精子のDNAで、長い糸状に伸びています。その下の写真は、老化して動かなくなった精子のDNAで、粉々にちぎれ、糸のようには見えません。
DNAのわずかな傷こそ、子どもの健康に大問題
ここで注意すべき点は、元気な精子なら問題なしというわけではなく、元気であってもDNAにほんの少し傷ついたものも混ざっているということです。
みなさんは「DNAにたくさん傷がついた精子は危険だが、少しぐらいなら大丈夫では?」と思われるかもしれませんが、実際は逆です。下の写真のように、DNAがひどく傷ついた精子は受精しませんし、たとえ受精しても発生は進みません。一方、わずかな傷なら修復が可能ですが、その修復が不完全であった場合、子どもの健康に影響しないとも限りません。
子どもの健康という観点からは、元気な精子のDNAのわずかな傷こそが大問題なのです。DNAに傷がない元気な精子をどう選別するか、私たちは途方にくれました。ある時、DNAに傷がつくと精子が少し重くなることを見つけました。数種類の細胞分離用の液体を組み合わせて精子を選別し、「未成熟か、成熟か、老化しているか」「DNAに傷があるか」「運動しているか」などを、より分けることができるようになりました。
通常、選別した元気な精子を電気泳動法で検査すると、DNAに傷がない精子の割合は70%程度に上がりますが、中には、選別後の元気の良い精子なのにDNAがひどく傷ついている男性もいます。
この検査は、ある意味、最終宣告であり、結果次第で夫婦のその後に大きく影響します。私たちは、色素で精子を染めてDNAの傷を判定する簡易法ではなく、手間はかかりますが、電気泳動で1匹ずつDNAを引き伸ばして、何パーセントの精子にどの程度の傷があるかを調べ、夫婦に見せて説明する方法を選びました。
正直、「ここまで精子の選別・検査ができれば、もう文句はないだろう」と私たちは思いました。しかし、その後、DNAに傷がない元気な精子にも、さらに様々な異常が隠れていることが発覚し(10月21日公開のコラム参照)、研究はまたも振り出しに戻ってしまいました。私たちは、生殖補助医療を開始するに当たり、まずは精子の質を詳しく調べる新たな不妊治療モデルを普及させるべきだと考えています。
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