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田村専門委員の「まるごと医療」

コラム

アスリートの喫煙「百害あって一利なし」 日本禁煙科学会がシンポ

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「ノーサイド ノースモーキング」

アスリートの喫煙「百害あって一利なし」 日本禁煙科学会がシンポ

 「たばこのないオリンピック」をうたった東京五輪・パラリンピックまであと1年足らず。また開催中のラグビーワールドカップは日本代表の快進撃で大盛り上がりをみせている。

 9月下旬に大阪・東大阪市で開かれた第14回日本禁煙科学会のテーマは「Noside No-smoking」。

 学会長の大阪商業大学公共学部教授の東山明子さんは、ラグビーやアメリカンフットボールチームのメンタルサポートコーチとしての経験も豊富なスポーツ心理学の専門家。「もうそろそろ、喫煙か禁煙かといった不毛な戦いは終えて、卒煙した人も、最初から吸っていない人も、禁煙を支援した人も、みんなが互いの健闘をたたえ合う『No-smoking』の世界に移行してもいいじゃないか、との気持ちを込めた」という。

 アスリートの喫煙問題について東山さんは、「たばこの害について最も敏感でなければならない立場でありながら、『パフォーマンスさえ落ちなければいい』といった誤った考えから、特別扱いされてきた残念な状況がある。アスリートは子どもたちへの影響も大きく、喫煙の害について正しく認識していく必要がある」と話す。

 東山さんが自ら座長を務めたシンポジウム「アスリートと喫煙」の内容から、アスリートとたばこをめぐる議論を紹介する。

 シンポジストの一人、金沢星稜大学教授の奥田鉄人さんはスポーツ医学が専門の医師で、スポーツドクターとして東京オリンピック・パラリンピックを目指す選手たちのサポートを務める傍ら、禁煙の啓発にも力を入れている。

 スポーツにおけるたばこは、「百害あって一利なし」と奥田さん。まずは、改めてその基本的な理由について解説していただいた。

呼吸機能の低下や筋力、瞬発力の低下も

 <呼吸機能の低下>
 喫煙で生じる一酸化炭素(CO)は、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンと親和性が高いため、競技の前にたばこを吸ったりすると酸素が足りない状態に陥る。
 選手からも質問されることが多いのは、たばこを吸うと赤血球が増える「多血症」になることから、競技力が増すのではないかという誤解だ。仮に赤血球が増えても、さらにCOと結びついてしまうために決して有効な赤血球が増えるわけではない。これが、持久力の低下につながる。
 長期的な影響という面では、喫煙によって肺の肺胞が傷むことによって、慢性閉塞へいそく性肺疾患(COPD)にもつながる。年を取った後にCOPDのために酸素療法のお世話になっている元選手の姿を目にすることは決して少なくないという。

 <筋力、瞬発力の低下>
 喫煙は無酸素パワーには影響しないという研究論文も出てはいるが、10秒平均パワーは低下するとされている。個人差も大きく、計測の仕方にもよるが、間違いなく筋力、瞬発力は落ちると考えられる。奥田さんが何より残念なのは、現役の選手にとって筋力、瞬発力の低下は最も嫌なことのはずなのに、あまり関心のない選手が多いことだという。

<食欲の低下、骨粗しょう症の助長、ビタミンC不足など>
 たばこを吸うと食欲が低下してしまうために、必要なエネルギーを摂取できない懸念がある。骨粗しょう症を招くリスク要因でもある。また、ビタミンCがニコチンの代謝に消費されてしまうため、疲労の回復が遅くなる。

<免疫力の低下>
 よく「アスリートは風邪を引きにくい」といわれるが実は逆で、トップの水泳選手は免疫力が落ちて風邪を引きやすいとの研究論文もあり、あまり練習しすぎると免疫力が落ちて風邪を引きやすくなるのは、今やスポーツ医学では定説という。たばこは、それをさらに助長するリスクがある。

トップアスリートでも少なくない喫煙者

  奥田さんによると、トップアスリートでも喫煙者は必ずしも少なくない。少し前のデータになるが、2010年夏と11年冬のアジア大会日本代表派遣選手を調査した研究論文によると、752人のうち喫煙習慣があると答えた人は87人(11・6%)だった。女子は4人だったのに対し、男子は83人と2割近かった。

 競技の種類によっても、喫煙率には差が見られた。たとえば男子ラグビー、野球、男子ハンドボールなどのほか、冬季競技ではアイスホッケーなどで高かった。母数にばらつきがあるため単純な比較はできないものの、持久系の競技よりもパワー系の競技で多い印象が認められたとしている。

 また、プロ野球をはじめとするプロスポーツでも喫煙の問題はかねてから指摘されているところだ。

吸わなければ、もっと記録向上が望めたかも……

  もう一人のシンポジストの元近畿大学陸上競技部監督の津田忠雄さんは、心理カウンセラー、スポーツ教育者として長年、競技者を指導してきた。

 学生の場合は、入学した時には吸っていなくても、先輩に誘われたことが吸い始めるきっかけになるケースが少なくない。先輩後輩という上下関係の影響が強いという。

 それでも20年ほど前に比べれば、たばこを吸う競技者はかなり少なくなってきたと感じているが、1世代、2世代前のトップアスリートでは実はたばこを吸っていた選手がかなりいたと話す。

 選手の側が、たばこが競技力に悪影響を及ぼしていることを自覚していないことが、やめられない最大の問題だという。「吸わなければもっと記録の向上が望めたかもしれない、たばこのために伸びなかったという選手や、喫煙して弱くなった選手はたくさん知っている」と話した。

 奥田さんも「喫煙によってパフォーマンスが落ちないわけではなくて、感じていないだけ。そこが大きな問題です」と口をそろえた。

アスリート自身がたばこの害を訴えていくことも大切

  シンポジウムの参加者からは、選手に対してたばこの害を伝えたり禁煙を勧めたりしていると、チームの指導者が喫煙者であるために選手への指導がうまくいかないケースがあるなどの悩みが訴えられた。

 奥田さん、津田さんは、確かに指導者の側に喫煙者が多い問題を指摘したうえで、それでも最近の若いコーチでは減ってきていることなどを説明した。

 最後に、「アスリート自らが禁煙を訴えていく活動も大切だと思う」と奥田さん。津田さんは「競技者への禁煙支援にはまわりの環境整備が重要だ」と訴えた。

 東山さんは「たばこがスポーツに及ばす害について、これまで十分に伝えてこられなかった面があり、地道な研究を重ねた成果を世の中に積極的に伝えていく必要がある。医療関係者だけにとどまらず、様々な立場の人が喫煙の問題についてアプローチしていくことが大切だ」としている。(田村良彦 読売新聞専門委員)

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田村 良彦(たむら・よしひこ)

 読売新聞東京本社メディア局専門委員。1986年早稲田大学政治経済学部卒、同年読売新聞東京本社入社。97年から編集局医療情報室(現・医療部)で連載「医療ルネサンス」「病院の実力」などを担当。西部本社社会部次長兼編集委員、東京本社編集委員(医療部)などを経て2019年6月から現職。

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1件 のコメント

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原理的な禁煙の推進は禁煙の推進に合理的?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

この内容では、陸上競技のような数字の要素の強い競技にしか絶対的な意味を持ちません。 一過性で中毒性があっても心理的安定が競技にもたらす効果や社会...

この内容では、陸上競技のような数字の要素の強い競技にしか絶対的な意味を持ちません。
一過性で中毒性があっても心理的安定が競技にもたらす効果や社会形成上の問題などで喫煙が有利な部分も考慮するべきだと思います。
僕は煙草を吸いませんが、サッカーでも、医師でも、愛煙家集団というグルーピングが存在します。
食事を一緒にするは友好の証ですが、そういう部分が抜け落ちた正義を主張すると必ず反発が起こります。

確かに、煙草を吸わなければ、フィジカルコンディションを維持できたかもしれないが、そもそもそこまでたどり着けたかわからない。

この答えを、どういう風に覆したり、懐柔する意見やシステムを整えるかが大事なのではないかと思います。

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