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【1】ギャンブルの沼 2 「ギャンブル依存」は病気だったの!?

シリーズ「依存症ニッポン」

「ギャンブル依存」は病気だったの!?(上)競艇の刺激に耽溺した「彼」と「彼女」の苦悩

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 自分で稼いだお金が、次々にはじけて泡と消えていく。

 ギャンブルに無縁の人は考える。「好きでやっているんだから、自業自得でしょ――」

 しかし、この沼に足を踏み入れ、全身がジワジワと沈み始めたのを自覚する頃には、「好きでやっている」次元を超えてしまっている。

 「もう、ギャンブルなんかつらいだけ。楽しいと思っていたのは、最初だけだった。勝っても、負けても、もう何も感じなくなった。それでも……、やめられない。どうしたらいいのかわからない」

「ギャンブル依存」は病気だったの!?(上)競艇の刺激に耽溺した「彼」と「彼女」の苦悩

刹那の欲望が凝縮した競艇場で

 「彼女」がギャンブルの沼に足を踏み入れたのは30歳になってから。「彼」との出会いがきっかけだった。

 後に夫となる年下の彼は、仕事熱心で頭が切れるタイプ。周囲の人を引っ張っていくリーダー的存在で、頼りがいのあるマジメな男性だった。ただし、早稲田大在学中から、競艇に深くのめり込んでいた。就職活動では、ほぼ決まりかけていた一流企業の最終面接の日に、東京・江戸川競艇場で開催される大レースに出向いてしまい、内定を棒に振ったほどのギャンブラーだった。

 つきあい始めて間もなくのデートで、彼女も競艇場に連れて行ってもらった。その日の興奮は今でも簡単によみがえってくる

 空気を震わせる爆音とともに、猛スピードでボートが水面を切り裂いていく。観客の関心はレースの展開、それに結果だけ。誰一人、周囲のことなど気にもとめていない。ほんの少し先の自分の未来さえ、考えてもいないようだった。

 刹那の欲望が凝縮した空間――。その中にのみ込まれながら、彼女は不思議な居心地の良さを感じていた。

 「スピード感、観客の熱狂、それにあっという間に勝負が決する。気が短い私は、ヒリヒリするような刺激に夢中になりました」

 昼は国立大学病院の非常勤職員として働き、夜は飲食店でバイト。毎日の生活はストレスに満ちていた。つかの間の楽しみである彼とのデートと言えば、いつも競艇だった。2人一緒に、レース場で人混みに包み込まれている間だけ、心は安らぎ、嫌なことはすべて忘れられた。

 強烈な刺激に耽溺たんできしているうちに、賭け金は当初の1レース1万円程度から、どんどんエスカレートしていった。やがて購入額はレースあたり10万円単位になり、1日で200万円以上も負けるほどになった。もう収入だけではまかないきれない。2人そろって消費者金融に手を出すようになった。

 「彼も私もそれなりの収入はあったのに、ほとんどが返済に消えるようになっていきました」

 どうして、ここまで一気に突き進んでしまったのか。引き金を引いたのは彼との出会いだったかもしれない。だが、思い起こせば、彼女が過ごした幼年期には、いつもギャンブルの影がつきまとっていた。

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someya_prof

染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局専門委員
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、医療ネットワーク事務局専門委員などを経て、2019年6月から現職。

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3件 のコメント

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サラ金地獄から生きのびて来た独居老人

bakabon

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年金生活の独居老人(78歳・男)です。今日はいろいろな実人生像の記録を読ませていただきました。読み進んで行くうち、自分の過去とダブるように当事者達の苦悩の人生が偲ばれて思わず涙を流しながら読んでしまいました。私も若かった頃(昭和40年代)当時盛んだった競輪でサラ金地獄に堕ち込み、僅か数十万円(当時)の借金が完済出来ないまま結婚してしまい、スグに男の子も授かり幸せな家庭を僅か2年程で失ってしまいました・・・28歳で家庭と言う幸せの場を得ながら、わずかに残っていた借金が災いして、妻は怒って1歳半の子供を連れて実家へ帰りやがて協議離婚となってしまいました。その後、流石に懲りてギャンブルは止めることが出来ましたが借金の返済も家庭再建も出来ないまま、中卒で就職以来のK市から50km程離れたH市へ姉を頼って引っ越し、ただ死んだように時が過ぎ去るのを待つと言う30歳~40歳台の一番充実すべき10数年間を棒に振り現在に至ると言う情けない自分を恥じながら生き永らえている次第です。その間、幼くして別れた息子のことが頭から離れず断腸の思いで日々を過ごしていました。定年後調査会社に依頼して所在を確かめ連絡を取りましたが育ててもいない父親から連絡を貰っても息子は戸惑った筈で、「もう僕も子供を育てる家庭人なので今更交流する積りは無い」とあっさり断られました。有名な大企業(造船関係)を曲がりなりにも勤め上げましたが、当時社会福祉は未熟で救済の制度も無かったので、無能な私は今から見れば全く出鱈目な人生を送るしか他に策も無く、年月は過ぎてしまいました。当時は同じようなサラ金地獄で沈んだ人間は多かったように思います。今でも様々な遊戯やギャンブルが繁盛し、世間では自業自得で片付けられる依存症と言う病気の陰で多くの私と同じようなみじめな目に遭っている人たちがいることに心が痛みます。

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