精子に隠された「不都合な真実」
医療・健康・介護のコラム
「見た目がいい精子なら妊娠する」はずが… 三つのエピソードから導かれる答えは?
今回は、三つのエピソードをご紹介して、精子が女性を妊娠させる力について考えてみます。従来、精液中の精子の濃度や運動率(運動している精子の割合)が、妊娠率に大きく影響すると考えられていましたが、それは本当だったのでしょうか。
〈エピソード1〉提供精子 「見た目」良くても妊娠実績に差
夫が無精子症などで妊娠不可能と考えられる夫婦の場合、夫以外の精液を用いる「非配偶者間人工授精」という方法があります。いわゆる精子提供です。その提供者の受け入れ窓口を担当していたときの経験です。
まず、顕微鏡で観察し、精子の濃度や運動率が良好な方が候補となります。提供された精液は洗浄後に凍結保存し、感染症のリスクを排除するため、6か月後に提供者がHIV、肝炎ウイルス、梅毒、 淋病 などに感染していないことを確認できてから、使用を開始します。
一人の提供者からたくさんのお子さんが生まれないようにするため、一定人数の妊娠が確認されると、提供者は卒業となります。提供者のみなさんは、精子の見た目が良好であるからこそ選ばれたのですが、すぐに予定の妊娠数に達して卒業する、妊娠させる力が高い方と、なぜか、いつまでたっても妊娠例が出てこない方がいました。
私たちの研究室に、東南アジアから留学で来ていた婦人科医にその話をしたところ、彼も母国で精子提供を実施しており、以前は未婚男性を提供者にしていましたが、すでに複数の子どもがいる、すなわち妊娠させた実績がある既婚男性の精子を使うと「当たり外れがない」と話していました。
〈エピソード2〉自然妊娠の実績があっても、精子濃度が低い人も
自然妊娠して妊娠20週の安定期に達した奥様のご主人たちにお願いして、精液を提供していただいたことがありました。さぞかし、すばらしいものだろうと期待していましたが、意外なことに、精子濃度が低い方が多いことに驚きました。一方、不妊治療をしているご夫婦で、奥様に特に不妊原因が見つからず、ご主人の精液の状態もとても良いのに、いつまでたっても妊娠できないご夫婦もいました。
〈エピソード3〉選抜精子で体外受精しても妊娠しない例が多い
1978年、イギリスで世界初の妊娠例が報告された体外受精は、両側の卵管を失った女性の治療法として開発されました。ここで重要なことは、すでに妊娠経験がある(精子と卵子は正常だった)夫婦の治療だったことです。
体外受精は、受精させるために使う精子が10万匹程度と少なくて済むため、精液の精子濃度が低い方の治療に転用できないかと考えるのは、当然の成り行きです。すでに私どもは精子洗浄濃縮技術の開発を終了しており、この仕事は「楽勝」と軽く考えておりました。しかし、人工授精を繰り返しても妊娠しなかった方の精子を選別し、体外受精を行っても、受精しないケースが多く、壁にぶつかりました。
これらのエピソードから何がわかるでしょう。例えば10万人の統計をとれば、「濃度や運動率が高い精子は、女性を妊娠させる力が高い」というのは医学的に間違いありません。しかし、個人レベルでは、そう簡単な話ではないというのが、三つのエピソードから導き出せる答えです。
まずエピソード1では、顕微鏡で見た精子の「見た目」がいくら良くても、女性を妊娠させる力に個人差がある、ということが言えます。
エピソード2は、妻が自然妊娠していても、その夫の精子の「見た目」は必ずしも良いわけではない、ということです。そして、その逆もあります。見た目の良い精子の内部に、今まで見過ごしてきた異常が潜んでいる場合があるということです。これが、「隠れ造精機能障害」です。
エピソード3で言えるのは、精子を選別して体外受精を行っても、「運動している精子=受精能がある」とは限らず、従来の検査ではわからなかった異常を考えなくてはならないということです。
「精子が少ない」と悲観するのも早計
個人においては、顕微鏡で見た精子の数や運動率が良好だからといって安心できません。反対に、精子数が少ないからといって悲観するのも早計です。これらのエピソードが、ヒト精子の機能や形態が女性を妊娠させる力とどのように関係するか調べる仕事に、私たちを向かわせた原点です。
女性を妊娠させた実績のある方とない方の精液や精子に、どのような違いがあるか。それを調べることが、精子が女性を妊娠させる力、すなわち「精子の実力」を解明する手がかりになります。(東京歯科大学市川総合病院・精子研究チーム)
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