文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」

医療・健康・介護のコラム

「産むんじゃなかった。私の人生返して!」と母に罵られ…「すみません」が口癖 36歳女性の自己評価

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「すみませ~ん。すっかり遅れちゃって!」

 X江さんの声が、診察室にひびきわたった。

 心療内科の予約時間はとっくに過ぎている。私と視線があったX江さんは、ハッとした表情になって口ごもった。

 「すみま…いえ、あの。…遅れました!」

 私は指で「OK!」のサインを出した。彼女は安心したように、椅子に腰を下ろした。

「産むんじゃなかった。私の人生返して!」と母に責められ…どこでも「すみません」を繰り返す36歳女性の自己評価

イラスト:高橋まや

何を言われても、自分が責められていると思い

 X江さんは36歳の女性。診断は「適応障害」。勤めていた会社で、上司や同僚からさんざん 叱責(しっせき) され、「いっそ、もう死にたい!」と思い詰めて、外来を訪れた。薬やカウンセリング、そして何より転職したおかげで、だいぶ元気を取り戻してきたところである。

 彼女の今年の目標は、「『すみません女』返上!」。「あなたはいつも『すみません、すみません』って、謝ってばかりだね。その言葉から治しませんか?」

 と、私から提案したためだ。

 外来に通い始めたばかりの頃、会社での「言葉のいじめ」によって、X江さんはすっかり 萎縮(いしゅく) してしまっていた。何を言われても、自分が責められていると思って「すみません、すみません」を連発していたのだ。

 あまりにオドオドして「すみません」を連発されると、こちらが彼女をいじめているようで、イラッとする。きっと、会社でも、周りの人たちの「暴力性」を引き出してしまっていたのだろう。そう思えた。

 「まず、『すみません』を使わないようにしましょう。謝るつもりなら『ごめんなさい』。お礼を言うなら『ありがとう』。どちらでもないなら、事実を述べるだけ。以上!」

 ということで、毎回言葉づかいをチェックしていった。

 「すみません」がだいぶ減ってきたら、次のステップに進む。「今度は、『私なんて……』という言い方をやめます。ていねいに言っているつもりが、卑屈に聞こえたりしますからね」。自己評価を高め、自分を肯定的に評価することも大切なのだ。

相思相愛の男性あきらめ、結婚した母

 X江さんには、今でも忘れることのできない「イヤな言葉」がある。それは、「あんたなんか産むんじゃなかった!」という一言。

 彼女の母親は、どうしてもX江さんを愛することができなかった。お見合いでやむなく結婚した夫と、顔がそっくりだったのだ。家業の破綻で、一家心中寸前まで追い込まれた家族を、相思相愛の男性との恋をあきらめることで、母は救った。

 しかし、その反動は大きかった。母は、どうしても愛せない夫へのうらみを、X江さんに向けることで、発散するしかなかったのだ。

 小さい頃から厳しくしつけられた。無理難題を押しつけられても、黙って従うしかなかった。「あんたはダメ人間」「一家の恥さらし」「うちの子じゃない!」。母親の暴言は、どんどんエスカレートした。

 中学生の時、がまんできずに、母親に激しく反論した。その時、母は、鬼の形相で叫んだのだ。

 「あんたなんか産むんじゃなかった! あんたがいなけりゃ、とっくに離婚してた。私の人生を返してよ!」

 母の叫びはやむことがなかった。今でも心の中に響いている……。

1 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

20181127-yomusuri-prof200

梅谷 薫(うめたに・かおる)

 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」の一覧を見る

3件 のコメント

コメントを書く

生きづらさ

Koko

自分が、どのような思いの中で生まれてきたのか、私の中にある、不安や恐れ悲しみ。実は私の思いというより、両親の結ばれた時の心情が、今の私の潜在意識...

自分が、どのような思いの中で生まれてきたのか、私の中にある、不安や恐れ悲しみ。実は私の思いというより、両親の結ばれた時の心情が、今の私の潜在意識として私自身の人生を左右しているということに、最近気づきました。父も、好きな人がいたのに、母とお見合いをさせられ、結婚をさせられました。しかし、結婚届を出ししぶりましたが、私がおなかの中に宿ったので、仕方なく、届けを出しました。なので私は、戸籍上、十月十日ではなく月足らずで生まれてきたようになっていると、母が昔、話してくれました。結婚後も、父はその相手とは縁を切ることもなく、相手にも家庭があるまま、20数年間私と母をだまし続けました。言葉の暴力こそありませんでしたが、私自身の自己肯定感の低さは父からの無言のマイナス感情からきていると思います。

つづきを読む

違反報告

言われたくない言葉

まるこ

私も、母に「産むんじゃなかった」と言われて育ちました。悲しいです。自分を産んだ人にそう言うふうに言われるのですから。両親は離婚しているので、お父...

私も、母に「産むんじゃなかった」と言われて育ちました。悲しいです。自分を産んだ人にそう言うふうに言われるのですから。両親は離婚しているので、お父さんがいない寂しさも恥ずかしさもあり、子ども時代は不遇だったなぁと思います。母は、私が何かしでかすと、ことあるごとに、「お前は父親そっくり。父親のところへ行ってしまえ」と言っていました。捨てられる恐怖を感じていたように思います。
自分には家庭運がない、そして、自分もそういう親になるんじゃないか。と言う思いから、家族を持つことは諦めました。なにより、たった1人の親に存在を否定されて育ったことで、自分は誰からも愛されない存在なのだと思わずにはいられず、なかなか、自己肯定感を高められません。

子ども時代にしっかりら愛されて大人になるということが、人生にとってどれほど大切なことなのか、日々、思っています。

つづきを読む

違反報告

どうしようもないこと

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

よくありますよね。 人のせいにするなとか、親に感謝しようとか、そういう当たり前のこと自体が実は恵まれている環境だと多くの人にはわかりません。 だ...

よくありますよね。
人のせいにするなとか、親に感謝しようとか、そういう当たり前のこと自体が実は恵まれている環境だと多くの人にはわかりません。
だから、しばしば、人間関係はこじれます。
そういう事を理解すると、かえって奇異な目で見られることもあり、これもまた社会での立ち位置が難しいものです。

時々思いますよね。
子供の目がキラキラしているのはなぜですか?
それは何も知らないからです。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事