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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

「脳の視力」がラグビーの勝敗を決める?

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「脳の視力」がラグビーの勝敗を決める?

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会。日本―アイルランド戦の後半18分、アイルランド選手を振り切って逆転トライを決める福岡(9月28日、静岡県袋井市のエコパスタジアムで)=浦上太介撮影

 ラグビーのワールドカップ(W杯)がアジアで初めて日本で行われています。その日本代表も、優勝候補を破るなど活躍しているので、にわかファンになった人は多いのではないでしょうか。私もその一人です。

 この競技は頻繁にスクラムが組まれ、激しいタックルが行われ、見るからに頑強な体格の人たちが力自慢をしているような格闘技かと思っていたら、観戦してみると案外、繊細なスポーツでした。

  楕円(だえん) 形のボールは、投げても、蹴ってもどこへ飛んでゆくかわからないですから、よほどうまく繰らなくてはなりません。しかも、パスは前に投げられません。キックでのゴールは、ゴールポストまでの距離と角度を頭の中で正確に測っていないと成功しません。

 これらの動きをうまくやるには、よほど目がよくなければならないだろうことは、想像がつくでしょう。

 この「目がよい」という時の目とは、一体どんな目でしょうか。

 端的にいってしまうと、「動体視力」ということになります。しかし、眼科へ行って「動体視力を測ってください」といっても、「そんなもの測れません」と門前払いを食うでしょう。動体視力は単一の機能ではないので、それだけを測定する方法がないのです。

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日本―アイルランド戦の後半、突進するリーチ(右端)とサポートする堀江(左端)(9月28日)=冨田大介撮影

 つまり、動体視力は、眼科で測定するような、一定の明るさで、背景は動きのない静的な環境で、静的な視標を用いて片目ずつ測る「視力」とは大違いです。視標も動く、背景も動く、自分も動く、しかも明るさや色なども刻々と変化している環境で両目で見た視機能です。その動体視力を用いて、何かの動作を完成させられるかどうか(ラグビーで例えれば、パスやゴールが成功するかどうか)まで測定して、はじめて動体視力のよしあしが決まるのでしょう。

 動体視力は眼球自体が持っている機能ではありません。どんな視覚環境であれ、はじめに視覚情報が入力してくるのは眼球ですが、自分と対象の位置や速度を瞬時に測り、具体的に次の行動に移すまでの仕事は脳がやっているので、動体視力は「脳の視力」といってよいと思います。

 これは、通常の日常生活にはほとんど必要のない、やや特殊な視機能だといってもいいでしょう。

 さきほど、動体視力は眼科では測らないといいましたが、眼科は病気や障害を見つけるところなので、日常生活にほとんど影響を与えない、動体視力のような高度な機能を問題にする必要はないのです。

 ラグビーに限らず、野球でも、サッカーでも、テニスでも、卓球でも、バレーボールでも、大抵のスポーツでは動体視力が重要な働きをし、その優劣はプロとアマチュアの違いを生んだり、勝敗にも影響するのだろうと思われます。

 一方、視覚障害者の競技では、動体視力の代わりに音を手がかりにするものが多いようです。音によって動体視力と同等の機能を発揮させるには、おそらく相当なトレーニングをして、本来、人間に備わっている以上の脳の聴覚の機能を獲得しないとならないのでしょう。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任。15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人 心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」、「蓮花谷話譚」(以上青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半は講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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