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田村専門委員の「まるごと医療」

コラム

お坊さんも医療を支えるチームの一員に 患者の不安や悩みに寄り添う

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チームビハーラの取り組み

お坊さんも医療を支えるチームの一員に 患者の不安や悩みに寄り添う

チームビハーラの勉強会で話す遠山さん

 宗教者として、医療や介護の現場における患者の不安や悩みに寄り添い、支えるために、どんなことができるだろうか。千葉県船橋市に別院のある日蓮宗のお寺「上行寺」の副住職、遠山玄秀さん(41)は、僧侶になってからの15年、お寺や宗派はもちろん、医療や介護にかかわる様々な職種の枠を超えた取り組みを模索してきた。9月28日に東京都内で開かれた、遠山さんが代表を務める「チームビハーラ」の勉強会に参加し、これまでの活動やこれからの目標などについて聞いた。

宗教者、医師、看護師、ヘルパー、ケアマネジャー…… 多職種が集う

 ビハーラとはサンスクリット語で、「精舎・僧院」や「休息の場所」という意味。遠山さんによると、ビハーラ活動というと、臨床の場で仏教に学び医療、福祉と連携して行う様々な活動を表す。

 若い頃は、父の寺を継いで僧侶になるつもりはなかったという遠山さん。千葉大理学部に入学した後、途中から仏教を学ぶための大学に入り直したというちょっと変わった経歴の持ち主でもある。

 チームビハーラの活動の原点になったきっかけは、僧侶としての仕事を始めるなかで、葬儀を行った方の遺族からある時、孫娘さんが3か月後に自死したとの知らせを受け取ったことだ。残された人に十分なグリーフケアをできなかったという悔恨などから、今を生きている人にどう関わっていくのかと取り組みを模索するうちに、宗教者と医療や介護、福祉などに関わる様々な立場の人がつながりを持って活動をする考えにたどりついたという。

今をどう自分らしく豊かに生きるか

 チームビハーラの呼びかけに集まったのは、医師や看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、葬儀や生命保険の専門家ら。宗教や仏教を「どう最期を迎えるか」だけにとどまらず、「どう自分らしく豊かに生きるか」と考え、実現してもらうため、専門家と地域に暮らす人たちをつなぐことを目標に掲げる。

 当事者とともに、これまでに勉強会や、死生観について考えるワークショップなどを重ねてきた。遠山さんは「お坊さん一人でできることはもちろん限りがあるし、一方、お医者さんは患者さんが亡くなった後のことは知らないことが多い。それぞれの専門職が横のつながりを持つことで、よりよいケアが実現できるのではないか」と話す。

なぜ病院にお坊さん? 現場で感じる戸惑いも

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 臨床宗教師として、地域包括支援センターや患者の家族らから自宅や入院先への訪問相談を求められることもある。

 ある難病患者のケースでは、延命治療を行うかどうかについて家族と本人の間に立って話を聞いてほしいとの依頼を受けた。何かすぐに結論を出せるわけではないが、定期的に訪問しては患者さんの話に耳を傾けたという。「医療や介護の専門家ではない、宗教者という、ある意味あいまいな立場であるからこそ、話してくれることもあったかもしれない」と振り返る。

 患者や家族の求めに応じて入院中の患者さんの元へ訪れたり、退院後の療養生活について話し合う退院前カンファレンスに参加したりすることもある。ただ、病院の医師らに違和感なく受け入れられているかというと、まだまだ認知されていないと感じることも多い。

 「『なぜお坊さんが病院にいるの?』」と不審がられることは以前ほどありませんが、臨床宗教師だと説明しても『ああ』といった返事が返ってくるだけで、それ以上でもそれ以下でもない感じでしょうか」

わが子の死産も経験し

 遠山さんはチームビハーラの活動以外に、「お坊さんと語ろう」とうたった「BO―ZU CAFE(坊主カフェ)」や、流産や死産を経験した人の分かち合いなどにも取り組んでいる。

 「BO―ZU CAFE」は都内のカフェを会場に月に1回開催し、10月で45回目を迎える。毎回テーマを決め、お坊さんの説法を一方的に聞くのではなく、10人ほどの参加者同士がお坊さんを交えて対話をする場だ。お坊さんと話す機会は、特に地縁のない都会においてはありそうでない。筆者もこれまで何度か参加させていただいている。

 流産・死産を経験した人による「ポコズカフェ@上行寺」は、地元の千葉県船橋市で3か月に1回ほど開き、今月で20回目。流産・死産経験者で作る「ポコズママの会」の冊子づくりを支援したのがもともとの縁だったが、冊子ができあがるのと同時期に、遠山さんは自分自身の初めての子どもを死産するという体験に見舞われた。グリーフケアにかかわる宗教者であり、当事者でもある立場から続けている。

 この1年間で5人の自死した方の葬儀を執り行ったという遠山さん。「孤立」にどう対処するかが、今考えている大きなテーマだという。お寺を地域のソーシャルキャピタル(社会関係資本)としてどう活用するかなども課題だ。「 (おも) いを紡ぎ、いのちを (つな) ぐ」ために宗教者としてどんな役割が果たせるか、今も模索を続けている。(田村良彦 読売新聞専門委員)

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田村 良彦(たむら・よしひこ)

 読売新聞東京本社メディア局専門委員。1986年早稲田大学政治経済学部卒、同年読売新聞東京本社入社。97年から編集局医療情報室(現・医療部)で連載「医療ルネサンス」「病院の実力」などを担当。西部本社社会部次長兼編集委員、東京本社編集委員(医療部)などを経て2019年6月から現職。

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1件 のコメント

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どうせいつかは死ぬのに毎日一生懸命の矛盾

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

実は生活と身体の平穏がある限りにおいて、孤立や孤独って大した問題でもないんですよね。 僕も医療界で孤立している部分は大きいですが、世の中にはもっ...

実は生活と身体の平穏がある限りにおいて、孤立や孤独って大した問題でもないんですよね。
僕も医療界で孤立している部分は大きいですが、世の中にはもっと大きな問題が沢山あるわけで、相対的にはそこまで大きくありません。
しかし、個々人の感覚や価値観は主観的なものに大きく左右されます。

多くの場合、いわゆる常識や普通の人との違いが気になって、大問題なような気がしてしまい、様々な問題が起こります。
大問題かどうかは全てが終わってからしかわかりませんが、大問題と感じて暴走するのは個々の人間なのは確かです。

そういう意味で、認知とか感情の揺らぎを扱う僧職の関与の意味は大きいですし、医師や医療者も多少はそういう感性や知識を知っておくといいと思います。

勿論、同じ人が複数の役割を兼務すると混乱する場合もありますが、役割分担を知っておくと、応用がききます。

その昔、お医者様は神様でした。
今は田舎の田舎でしかその論理は通用しないでしょう。
でも、神や仏との対話ができる僧職の方から学ぶことも多いはずです。
みんな様々な制約の中で、心と体のまだましな平穏を求めているわけですから。

皆毎日に必死過ぎて、人生や死について考える時間が少ないのも問題なのかもしれませんね。

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