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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

乳幼児の気管支炎を招くRSウイルス 秋に流行することも

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基本的には自然に治癒 重症化の場合も

 さて、治療について。

 すでに述べたようにRSウイルス感染に対するこれといった治療法はないのが現状です。現在は外来で簡単にRSウイルスの検査ができるので、「あ、あなたRSウイルス感染症ですね」と診断することはできます。できますが、その先がない。まあ、せいぜい、無意味な抗生物質を出さない、という比較的消極的な意思決定にしか役に立たない。

 もっとも、RSウイルス感染症は基本的に自然に治っちゃう感染症なので、特別な治療は原則必要ないです。治療法がないからといって、そうそうビビってしまう必要もないのです。

 とはいえ、気管支炎とか肺炎で重症、入院を必要とする小さなお子さんもいらっしゃるのは事実です。

 そのとき、伝統的に使われてきたのがリバビリンという抗ウイルス薬です。ビニールテントの中に薬を () き散らして、これを吸い込んでもらって治療する、というちょっと変わった治療法をアメリカなどでは用いてきました。

 ただ、このリバビリンは実験室の中ではRSウイルスに効果を示すのですが、実際に患者さんに使うと、あんま、効かないよね、と言われてきました。臨床試験でもこれという効果が示せない。というわけで、アメリカでもリバビリンはあまり使われなくなりました。

国への届け出の意味に???

 最近になって、このRSウイルスをターゲットにしたモノクローナル抗体が出ています。パリビズマブというお薬です。ちなみに、抗体のお薬の名前にはみんなお尻にマブとかアブが付きます。これはab(antibody=抗体)の意味です。ざっくり言えば、抗体というのは人間がつくる免疫能力の一種なのですが、これを外から注射して治療に使っちゃえ、というわけです。

  ところがですね、このパリビズマブ。理論的にはRSウイルスにくっついてやっつけちゃう薬なのですが、いざ、臨床試験で使ってみると効果が全然示されませんでした。しかも、抗体のお薬は一般的にそうなのですが、このお薬、とても高い。1瓶、12万円以上します。

 そんなわけで、現在、パリビズマブは保険収載されてはいるのですが、免疫不全のある新生児など、一部の患者にのみの限定使用とされています。

 このように、「実験室では効果が期待されるんだけど、実際に使ってみるとそうでもなかった」という医薬品はたくさんあります。だから、動物実験とかだけではなく、ちゃんと人間の患者を対象にした臨床試験が重要になるのです。昔は「人間を使って実験するなんてもってのほか」なんていう意見もありましたが、「効くか効かないか分からない薬を患者にいきなり試す」方がずっと「もってのほか」なのです。

 それにしても、RSウイルスの届け出。結局なんの役に立つんでしょうねー。発生件数だけならレセプトデータで吸い上げれば分かる話なのに。効果の根拠(エビデンス)がない医療政策を続けるのも罪なのだ、という「常識」が日本でも普及してほしいものです。エビデンスのある診療が「常識」になるまでにとても時間がかかったので、同じ失敗は繰り返してほしくないなー。(岩田健太郎 感染症内科医)

参考文献 Mandell et al. Principles and Practice of Infectious Diseases 9th ed.

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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