陽子のシネマ・クローゼット
医療・健康・介護のコラム
人生の幕を閉じるとき、あなたは何を望みますか?…「人生をしまう時間」
苦手な終末期医療の世界へ
堀越洋一医師、56歳。彼もまた、国際医療機関の医師として発展途上国で多くの命を救った外科医だった。若かりしころに訪ねた、マザー・テレサの「死を待つ人々の家」のことが、なぜかずっと気にかかっていたという。回復が見込めない終末期の人のケアは苦手だったが、いつしか、「ずっと逃げたまま、苦手だって思いながら、この先の人生をやるのか……」と、自ら在宅医療に身を置いた。そのありのままの思いを語る言葉からは、彼の誠実さが伝わってくる。患者と家族の不安をできるだけ取り除くことに最善を尽くし、安心してもらいたいと、寄り添い、言葉をかける。
何を読み取るかは観客次第
監督の下村幸子氏は、番組制作現場で主にドキュメンタリーを手がけてきた。本作も、長期取材で自らカメラをまわし、記録を収めた。下村氏の取材には、決めていたゴールがあったわけではない。ただ、現場で起きていることを丁寧に追っていれば、おのずと何かが見えてくると思っていたという。そしてカメラは何を捉えたのか。そこに見えたのは、一人ひとり異なる多くの物語だった。異なった事情を抱え、異なった“命のしまいかた”を目の当たりにし、住み慣れた地域や我が家で最期を迎える「在宅死」を、「決して美談だけで描きたくはない。こうすれば良いという正解もなかった」と語る。だからこそ、ゴールを探らず、結論に導くようなことはしない。記録された映像のどの部分に注目し、どう受け止めるかは、観客一人ひとりに委ねられているのだ。
決定的瞬間を捉えた
この映画は、在宅医療の現場が抱える様々な問題をあぶりだす。自宅で人が命を閉じるまでに迎えるいくつもの決定的瞬間を、これほどまでに捉えたドキュメンタリー作品は、はじめてかもしれない。
ピーク時には年間160万人以上が亡くなる多死社会を控え、人々は「在宅死」に関心を寄せはじめている。今後は病院においても、総合的に“人を診る”医師が求められる。現役の医師や、これから医師を目指す人にとって、この映画は得難い教材となるはずだ。
医師だけではない。看護師、ケアマネジャーなどの専門職、高齢者やその家族……あらゆる観客が、日常生活の延長にある「死」に、それぞれの視点から向き合うことになるだろう。(小川陽子 医療ジャーナリスト)
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「陽子のシネマクローゼット」は、今回で終わります。ご愛読ありがとうございました。
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