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のぶさんのペイシェント・カフェ 鈴木信行

医療・健康・介護のコラム

どう生きたいのか? どんな治療を受けたいのか? 要望書を書いて医師に渡そう

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箇条書きで具体的に

 やはり。
 カフェでマスターとお薬手帳の使い方談議で盛り上がっていると、マスターが事務室から何か書類を持ってきた。

 「きのう、医療者に渡す『要望書』の話をしたでしょう。そこで、私が主治医に出した要望書のひとつを持ってきましたよ」 見たいと伝えていたので、もしかしたら持ってきてくれればと期待していた。翌日にもう見られるとは、なんともうれしい。お礼を伝えつつ、1枚の用紙を受け取った。

 治療の全体的な方針や具体的に治療を受けるにあたっての希望などが、箇条書きで書かれていた。さらに、カフェを経営していてこの場を大切にしていることや、お客さんや友人たちと関わることが自身の生活にとって大きな意味があること、自分自身の健康観や人生観などが端的につづられていた。

どんな人生観を持っている患者なのかを知ってもらう

 「これを、医師に渡したのですか?」
 「そう。この前、主治医が異動で代わったんですよ。だから、自分がどういう患者なのか、いやどういう人間なのかを新しい主治医に知っておいてほしいな、と思って」

 そう言われてみれば、自分がどんな仕事をして、どんな家族がいて、何を大切にして毎日を送っているかって、医療者へ伝えたことはないよな。聞かれもしないし。
 「どういう生活を送りたいかを医師に伝えることで、治療方針が変わるかもしれませんよね」

自分の受けたい治療を受けるために

 マスターは、がんの診断が確定したとき、手術を受けることが決まったときなど、大きな治療方針を決める節目に、自分の人生観や仕事、治療で希望することなどを文字にした要望書を、主治医に渡したそうだ。その結果、実際に手術を受ける前の医師との話し合いでは、マスターの生活や仕事を考慮した手術の方法などについて話が進んだとのことだった。

 患者としては、医師から病気のことや治療の方法などについて専門的で詳しい説明を受けたとしても、完全に理解することは難しい。ある程度、お任せするしかない。一方、医師の側からしてみれば、患者の人生観や考え方については、よく分からないだろう。患者がきちんと要望を伝えていくことで、より自分に合った医療を受けられるようになるのだという。

 「病気になったら、こういうのって大切ですよね」
 自分が、何を大切にして、何を実現したいと思うのかって、文字にしないと伝わらないと名刺をもらった時に言われた。マスターが書いた医師への要望書を目にして、ハードルは高いけど、自分が納得できる医療を受けたいのならば、自分がきちんと文字にして要望していくことの大切さはわかった気がする。

病気になる前に考えておくこと

 「そうではなく……」
 マスターは、思いもしない反応をした。

 「病気になったらではなく、今やるべきなんですよ」
 病気になったり、人生の終わりが見えてきたりすると、誰しも冷静さを失ったり、ゆっくりと考える時間を取れなかったりする。時間を自分で作り出せる元気なうちに、家族で笑いながらこういう話ができるタイミング……つまり、今すぐにやるのが良いそうだ。

 確かに、母は手術などもう嫌だと言っているし、父が亡くなってからは長生きをそれほど希望しなくなってきた。それが母の人生観かもしれない。でも、がんなどが見つかれば、医師からは当然、手術や治療を勧められるよなぁ。しかし、母に今すぐには言い出しづらい。

 「いきつけのカフェのマスターに言われたからとか、医療ブログに書いてあったからとか、理由はなんでもいいんですよ」

 そうか。母の要望をまとめる前に、まずは自分の要望をまとめてみよう。それを妻に見せてみようか。遺言書だと死んだ後だけど、この要望書は自分の人生の要望を書くのだから、明るい内容をたくさん盛り込めそうだ。

医師を「さん」づけで呼ぶことも書いてあった

 「その要望書、コピーだからあげますよ」
 よく見たら、医師を「先生」と呼ばず、「さん」で呼ぶなんてことも書いてある。そんなことまで書くのか。

 では、このカフェでは、マスターのことを何と呼べばいいのだろう?
 「のぶさんでいいですよ」
 コーヒーをドリップしているのぶさんは、笑いながら答えてくれた。

 「のぶさん、ごちそうさま」
 カフェの扉を開けると、秋の風が心地よく店に入ってきた。

 (鈴木信行 患医ねっと代表)

マスターが病院に出したという要望書のコピー

筆者が病院に出したという要望書のコピー

 下町と言われる街の裏路地に、昭和と令和がうまく調和した落ち着く小さなカフェ。そこは、コーヒーを片手に、 身体(からだ) を自分でメンテナンスする工夫やアイデアが得られる空間らしい。カフェの近所の会社に勤める49歳男性の私は、仕事の合間に立ち寄っては、オーナーの話に耳を傾けるのが、楽しみの一つになっている。

(※ このカフェは架空のものです)

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鈴木信行(すずき・のぶゆき)

患医ねっと代表。1969年、神奈川県生まれ。生まれつき二分脊椎の障害があり、20歳で精巣がんを発症、24歳で再発(寛解)。46歳の時には甲状腺がんを発症した。第一製薬(現・第一三共)の研究所に13年間勤務した後、退職。2011年に患医ねっとを設立し、より良い医療の実現を目指して患者と医療者をつなぐ活動に取り組んでいる。著書に「医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方」(さくら舎)など。

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