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「絶食」が「食べる機能」に与えてしまう影響

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「やむを得ない絶食」が「食べる機能」に与えてしまう影響

いろいろ勉強になった長野への旅でしたが、やっぱり「これ」も欠かせません

 夏休みを利用して、北陸新幹線に乗り、緑豊かで空気がおいしい長野県佐久市に行ってきました。1泊2日の旅でしたが、軽井沢にあるビール工場の見学のほか、ジェラート専門店や信州そばのお店など、地元の味覚も堪能することができ、あらためて「食べる楽しみ」を感じることができました。

 現地ではJA長野厚生連佐久総合病院(本院)を見学させていただきました。こちらの病院では、「口から食べようプロジェクト」として「嚥下(えんげ)フローチャート~絶食のあの人へ~」という院内のシステムを開発したと聞いていました。ぜひ現地でそのお話を伺いたいと思ったのです。

 大きな手術や病気などで入院したとき、主治医から「飲食禁止指示」(以下「絶食指示」)が出されることがあります。再び食事を始めるためには、まず、患者さんの意識があり、食べ物を飲み込むことができ、胃腸での消化吸収が必要です。「食事を始められる」というのは、「心身ともに食べられる準備ができている状態」ですから、「最も危険な状態」を脱して、「回復期」に向かって治療が一歩前進したと考えられます。

 しかし、これらの条件がそろわないと、絶食指示が長期間にわたる場合があります。その間に適切な栄養管理が行われず、患者さんの栄養状態や認知機能、飲み込みの機能が低下してしまい、食べることが難しくなったケースは少なくありません。

口から食べられないときの栄養補給法

 何らかの病気や障害で口から食べることができないとき、栄養や水分を体内に入れるには大きく分けて二つの方法があります。点滴などで水分や栄養を血管に入れる方法と、胃や腸に管を通して栄養剤を入れる方法です。前者は「静脈栄養」、後者は「経腸栄養」と呼ばれています。大きな違いは、「腸を使うかどうか」。長期間使わないでいると、腸は機能が低下してしまいます。日本静脈経腸栄養学会のガイドラインでは、たとえ消化管の手術を行ったあとでも、術後の回復を助けるために、早期に腸を使って栄養を摂取することが推奨されています。

 さらに、管で栄養剤を注入するだけでなく、「口から食べる」ということが 口腔(こうくう) 機能の維持につながります。

 人の体は、筋肉を使わないとその機能がどんどん衰えてしまいます。宇宙飛行士が無重力の宇宙で過ごし、地球に帰還すると歩けなくなるように、口を使わないでいると、食べ物を 咀嚼(そしゃく) してまとめる舌や頬、さらにそれぞれの筋肉の動きも低下して、ますます口から食べることが困難になります。食事をすると、唾液の分泌が盛んになり、口の中で増殖した菌は食べ物とともに胃に流れます。この動きがなくなると、口の中で細菌が増加し、口腔衛生が保ちにくくなるのです。

お正月やゴールデンウィークには「食べる訓練」ができない!?

 飲み込みに関して専門的な知識と技術を持つ「摂食・嚥下障害看護認定看護師」として活躍している、佐久総合病院の上野静香さんによると、「口から食べようプロジェクト」が始まったのは、ある後期研修医からの問題提起がきっかけでした。

 お正月など長期の休みに入ると、病院の人員配置の関係で、絶食中の患者さんの食べる訓練が始められず、結果として絶食指示の期間が長引いてしまう状況がありました。患者さんにとっても、回復が遅れて退院が遠のくのは好ましくないという後期研修医の意見でした。

 全身状態が安定していれば、口から栄養を取る方が患者さんの回復によい影響を与えるということは、医療者もわかっています。ただ、「食べる訓練」はマンツーマンで行われる専門性の高いリハビリテーションであるため、一日に訓練できる患者数は限られています。そこで、全身状態や呼吸が安定している患者さんが、「食べるための条件」を満たしていれば、「嚥下フローチャート~絶食のあの人へ~」に沿う方法で、各病棟で食べる訓練を始めることが可能になったのです。

 フローチャートでは、まず口腔内を清潔にしてから、唾液が飲み込めるかどうかを確認します。唾液をむせずに飲み込めたら、テスト用のゼリーを食べてもらいます。この段階で問題があった場合は、摂食・嚥下障害看護認定看護師や言語聴覚士など「飲み込み訓練の専門家」に引き継いでいきます。咀嚼力に難があれば、歯科による治療を進めながら、口腔機能の改善も行っていきます。

 この医科と歯科の連携によって、「むしろ入院前よりも食べられるようになった」ということも起こり得るでしょう。飲み込みの訓練に合わせて、管理栄養士は患者の状態に合わせた形と栄養量の食事を提供します。医療にかかわる多職種が、それぞれの役割を最大限に発揮しながら、絶食の患者を救おうという試みです。

 このように、入院中から早期に口から食べることができれば、退院後は胃ろうなどの経管栄養をしなくても済むかもしれません。経管栄養になると、自宅に帰られなくなることもあります。栄養剤など多額の医療費も必要になります。

 患者さんにとっても、病院にとっても、そしてこの国の医療費の増大を食い止めるためにも、「口から食べる」ということが、当たり前のようで実はとても大切だということに、改めて気づかされた長野の旅でした。(塩野崎淳子 在宅訪問管理栄養士)

参考文献
静脈経腸栄養ガイドライン-第3版- Quick Reference
https://www.jspen.or.jp/wp-content/uploads/2014/04/201404QR_guideline.pdf
病態栄養専門管理栄養士のための病態栄養ガイドブック 改訂第6版 日本病態栄養学会編 南江堂
治療 2016.Vol.98 No.6 特集「多職種で取り組む摂食嚥下障害」 南山堂

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塩野崎顔2_100

塩野崎淳子(しおのざき・じゅんこ)

 「訪問栄養サポートセンター仙台(むらた日帰り外科手術WOCクリニック内)」在宅訪問管理栄養士

 1978年、大阪府生まれ。2001年、女子栄養大学栄養学部卒。栄養士・管理栄養士・介護支援専門員。長期療養型病院勤務を経て、2010年、訪問看護ステーションの介護支援専門員(ケアマネジャー)として在宅療養者の支援を行う。現在は在宅訪問管理栄養士として活動。

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