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精子に隠された「不都合な真実」

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「精子一匹いれば妊娠できる」? 顕微授精で見落とされている質の問題

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 不妊治療を考えているみなさんに、まず知っておいていただきたいことは、体外受精や顕微授精などの高度な治療を受けても、半数以上の夫婦は最後まで妊娠できずに治療を終えるということです。もちろん、施設によって扱う患者の母集団が異なるので、その割合は変動します。

 もし、いくら排卵を誘発しても卵子がうまく育たない場合、夫婦は治療が困難なことを早い段階で理解できます。ですが、わずかでも卵子が採れると、治療には明確な終わりが来ません。一匹の精子を卵子に注入する顕微授精を繰り返すことで「いつかは妊娠できるかもしれない」と期待感を抱き、治療をなかなかやめられない夫婦が多いのです。

顕微授精は数の不足を補う技術 一般的な検査ではわからない異常も

「精子一匹いれば妊娠できる」? 見落とされている質の問題

 ただ、ここで見落とされていることがあります。顕微授精は、あくまで精子の数の不足を補う技術であり、精子の質の問題には対応できないということです。こう言われて、頭の中が混乱している方もいらっしゃると思います。「精子って、1匹でもいれば妊娠できるんじゃないの?」「精液検査の結果では、濃度も問題ないし、元気に動いていると言われたけど?」と。

 みなさんが不妊治療施設で聞かされる「精液の状態が悪いから、顕微授精しかない」は実は、途中の説明が省かれています。正確に言うと、「精液の段階では状態が悪かった。精子を選別し、多項目の検査を行った結果、品質が確認できたけれど、得られた精子がごくわずかだったので顕微授精をお勧めする」ということです。さらに言えば、あくまで検査した項目について品質を確認しただけで、その項目から外れている異常の有無は全くわかりません。

「採卵ありき」ではなく、「精子が先」の治療へ

 しかし、前回のコラムで紹介したように、私たちが開発した精子検査法を使えば、従来よりも詳しく様々な異常を調べることができます(検査法の詳細は、別の回に改めてご紹介します)。そこで私たちが提案しているのが、現在の採卵ありきの不妊治療ではなく、まず精子の質を詳しく調べたうえで治療法を検討する新しいモデルです。採卵に比べれば、精子はマスターベーションで採取できるので患者側の負担は大きくありません。

 まず、精子の選別や詳細な検査結果をふまえ、そもそも不妊治療が可能かどうかを判断します。そのうえで奥様側の状況を突き合わせ、どんな対処が妥当なのか、夫婦に情報を提供します。

 もし精子の状態が極めて悪い場合、やむなく主治医は治療断念を提案することになります。これは医学としては当然ですが、サイエンスで割り切れないのが患者の心です。夫婦の心情を考えると、精子も卵子もあるのに治療が困難だという「不都合な真実」を、どのように、そしてどこまでお伝えするべきなのか、私たちは悩んでいます。(東京歯科大学市川総合病院・精子研究チーム)

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seishi-shinjitu

精子に隠された「不都合な真実」

兼子 智(かねこ・さとる)
東京理科大大学院、慶應大大学院修了。薬学博士、医学博士。東京歯科大市川総合病院産婦人科非常勤講師


黒田 優佳子(くろだ・ゆかこ)
慶應大医学部卒、同大学院修了。医学博士。「黒田インターナショナル メディカル リプロダクション」院長


萩生田 純(はぎゅうだ・じゅん)
慶應大医学部卒。博士(医学)。東京歯科大市川総合病院泌尿器科講師


中川 健(なかがわ・けん)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院副院長、泌尿器科部長、副リプロダクションセンター長


高松 潔(たかまつ・きよし)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院産婦人科部長、リプロダクションセンター長

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