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「続・健康になりたきゃ武道を習え!」 山口博弥

医療・健康・介護のコラム

極真空手の大会に5歳で出場 突きや蹴りへの恐怖と闘った経験は成長の糧

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大会出場の翌日「自転車の練習したい」 1回で乗れた!

 玄樹君の記念すべき初出場の結果は、1回戦は判定で勝利。が、2回戦で判定負けした。

 その翌日の月曜日。
 玄樹君は両親に申し出た。

「自転車の練習をしたい」

 3人で公園に行くと、乗る前から「後ろを押さなくていい」と言う。そして――。

 なんと、1回で乗れた!

 「ウソでしょ?」。侑紀さんは目を疑った。あれだけ何度も練習してもできなかったのに……。何か、奇跡のように感じた。

 「空手の試合に出て、自信がついたからでしょう。2回戦目で負けてしまったけれど、一人で試合に出て、1勝することができた。成功体験が息子を変えたとしか思えません」(侑紀さん)。

 玄樹君が自転車に乗れなかったのは、ひとえに恐怖心に支配されていたから。でも、空手の組手試合に出て、自分一人で恐怖心に打ち勝った。その自信が、日常生活での行動をも変えたと言えるだろう。

 私は武道の稽古で養う「恐怖心の克服」は、人間を大きく成長させると考えている。以下、私の持論だが、武道を習っている人たちの中で、もともと腕っぷしが強くてけんかが好きな人はごく少数である。大多数は、基本的に優しく、自分の弱さを自覚し、だからこそ強くなりたい、と思っている人が多いのではないか。

恐怖を乗り越えて自信 日常生活にも役に立つ

 相手に殴られたり蹴られたりするのは怖い。でも、強くなるためにはその恐怖心を克服しなければならない。日々の稽古の中で、その恐怖心と向き合い、乗り越える努力をする。続けていくうちに、相手の突きや蹴りから逃げずに前へ出られるようになる。この積み重ねで強くなり、自信もつく。そしてそれは、日常生活にもきっと役に立つ。私自身、武道を続けて良かったのは、日常でも嫌なことやつらいことから逃げなくなったことだ(たまには逃げることもある。その時は「逃げ」ではなく、「柔軟な対応」と自分で解釈している……苦笑)。

 さて、修行を重ねて黒帯になった小学校6年生の玄樹君は今、どんな状況でも動揺せず、組手で相手を恐れず、思いっきり突き蹴りを入れられるようになった、のだろうか。

 そんなことはないらしい。
 まず、大会などの試合前は、ものすごく緊張するという。同じ道場生たちとしゃべったりせずに、一人、会場の外のベンチに座って恐怖心と闘う。 
 でも、試合が始まると緊張は消え、集中して動けるようになる。この集中力は、勉強でも役に立っているそうだ。

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2015年9月の内部試合。右が玄樹君。組手の部で優勝した

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2016年2月の内部試合。左が玄樹君。この時も優勝した(ともに尾上侑紀さん提供)

  友達と組手をやる時は、本気を出せないという。思いっ切り突いたり蹴ったりできない。つい、「甘めにやっちゃう」(玄樹君)のだ。母親の侑紀さんは「親としては、けんかではなくルールのある試合なので、割り切って思いっきり行けばいいのに、と思ったりもしますが、子どもの物差しはきっと、大人のそれとは違うんですね」と言う。

上達には力のコントロールを覚える

 この点について、代官山道場の責任者で黒帯4段の赤石誠さん(38)(※1)は、こう説明する。

 「思い切りやることのみが組手の上達につながるか、と言えば、必ずしもそうではありません。むしろ上達には力をコントロールすることが求められると思います。技を出すタイミングが良ければ、たとえ50%の力でも効果的な技を放つことはできます。個々により強くなる道筋は違うので、その子に合う方法で稽古をしていければ、本人も納得したうえでやりやすいと思います」

 なるほど。思い切りやればいいってものではなく、力をコントロールすることが大事、というのは、空手に限らず、仕事でも言えるのかもしれない。

 玄樹君について、赤石さんは「自分に合う方法でしっかり上達しているので、今の時点では問題ない」と前置きしつつ、こう付け加えた。

 「今後、大人になって、本気で全日本選手権のような大きい大会で勝ちたいと考えた時には、苦手な部分を克服しなければならない時が来るでしょう。普段から思い切り技を出す子は、合わせ技(※2)が苦手だったりしますし、思い切りできない子は、合わせ技はうまいけど相手にグイグイ突進されるのが苦手だったりします。そのあたりは、悔しい思いをしたり体感したりして、自分で気づけばベストですね」

 恐怖を克服して逃げない心を養い、集中力を磨き、力のコントロールの仕方を学ぶ――。武道で心や精神を鍛えられるのは間違いなさそうだ。(山口博弥 読売新聞編集委員)

※1 赤石誠さん…2011年の第10回全世界空手道選手権大会無差別級で4位に入賞した実力の持ち主。しかも長身でイケメン。赤石さんについては後日、改めて詳しく紹介したい。

※2 合わせ技…相手が攻撃を出そうとした瞬間に、こちらの攻撃をタイミングよく合わせて制する技。たとえば、相手が右の上段回し蹴りを出そうと右足を横に上げた初動の段階で、軸足である左足を刈るように蹴って相手を転倒させる。極真会館の歴代の選手たちの中で合わせ技の名手だったのが、ほかでもない松井 (しょう)(けい) 館長。現役時代には、試合でも百人組手でも、ほれぼれするような合わせ技で相手を翻弄したものだ。

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山口 博弥(やまぐち・ひろや) 読売新聞東京本社編集委員

 1962年福岡市出身。1987年読売新聞社入社、岐阜支局、地方部内信課、社会部、富山支局、医療部、同部次長、盛岡支局長、医療部長を経て、2018年6月から編集委員。同年9月から1年間、解説部長も兼務。医療部では胃がん、小児医療、精神医療、慢性疼痛、医療事故、高齢者の健康法、マインドフルネスなどを取材。趣味は武道と映画観賞。白髪が増えて老眼も進行したが、いまだにブルース・リーを目指している。

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1件 のコメント

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評価と成長の多面性と競技特性を育成教育に

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

個人競技の方が、偶然や多くの他者に左右される要素が少ないので、わかりやすく自分自身に向き合いやすいですね。 個人でのトレーニングの制約も少ないで...

個人競技の方が、偶然や多くの他者に左右される要素が少ないので、わかりやすく自分自身に向き合いやすいですね。
個人でのトレーニングの制約も少ないですし、多くの人にとって、良い面も多いのかもしれません。
本文の通り、困難や苦手なものと向き合いながら、今までできなかったことが小さく見えてトライできることもあるかもしれません。
空手のコンタクトは即打撲に繋がってしまいますが、そのことと自分の心や人間関係のバランスを知るのも学びです。

一方で、社会はより多くの他者を伴った複雑系です。
自分自身、サッカーという競技に使った時間とエネルギーは競技実績単独で見るとマイナスの方が大きいです。
しかし、一つの事象を多面的に評価することや客観的になされるとは限らない集団の評価などの学ぶことも多くありました。

例えば、上級者同士で、味方から良い場所に良いタイミングでパスが来れば、まずボールを取られることはありません。
その上のレベルでは、取られそうで取られない所に集団でボールを動かしながら相手の個や組織を崩してしまいます。
技術や体力だけでなく、心理や戦術も含めた高度な融合です。
しかし、誰かが少しミスしたり意地悪すれば崩れます。
個人の利害や気分、プライドなどが絡むと評価はカオスです。

保護者さん自体が競技の細かい所まで知っていることは少なく、せいぜい高校や大学レベルだと思いますが、そういう複雑性や時代の違いも理解して、あまり目先のあれこれで評価しないようになってほしいですね。
子供にはミスする権利も、敗れる権利も、成長が遅滞する権利もあります。
また、空手で敵を倒すことより、自転車に乗れることがもたらすものの方が人生で豊かな時間を増やすでしょう。
そういう部分も含めてスポーツや武道の価値を見てやる必要があります。
己に克つと言いますが、いつも皆が勝てるわけではないことを知るのも学びです。

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