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なが~く、楽しくお酒と付き合うために

コラム

無為に過ごす70代男性、孫の誕生日忘れ、減酒を決意

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無為に過ごす70代男性、孫の誕生日忘れ、減酒を決意

 今回は、「お酒を減らしたい」とクリニックを訪れた、70歳代の男性のことを書こうと思います。

 彼は、口ごもりながら「実は……」と、受診に至った経緯を話し始めました。

「孫の誕生日を、うっかり忘れてしまったんです」

 彼には一人娘がいるのですが、娘さんの6歳になる子供の誕生日会を忘れて、自宅で昼間からお酒を飲んでいたというのです。

「妻と娘からこっぴどく叱られましたが、何よりかわいい孫の誕生日を忘れてしまったことがショックで……」

 毎年恒例の行事であった子供の誕生日会をすっぽかされ、はじめは怒っていた娘さんも、事情を聞いて心配になり、彼に心療内科の受診を勧めたそうです。

週4リットルのウイスキーは依存症レベル

 私は、まず彼の飲酒量を確認しました。なんと4リットルのペットボトル入りウイスキーを、1週間で飲んでしまうと言います。アルコール摂取量でいうと、日本酒換算なら一日で9合分になります。

 彼は元地方公務員で、区役所に勤めていました。お酒は若いころから飲んでいましたが、仕事に差し障るような飲み方はせず、真面目な仕事ぶりが評価されていたようです。仕事が生きがいにもなっており、定年後も再任用職員や非常勤職員として働いていたのですが、数年前に引退してからは、自宅で無為に過ごしていました。

 特に趣味もなく、朝からお酒を飲んでテレビを見ている彼を見ても、奥さんは「真面目に公務員として勤め上げたんだから、ゆっくりさせよう」と、文句は言わなかったそうです。

断酒ではなく、減酒を指導

 彼の飲酒状況を見ると、飲み方も量もアルコール依存症のレベルと考えて間違いではありません。通常は、断酒を指示するのが医師の役割です。しかし 1.断酒した時のアルコール離脱症状 2.捨てがたい飲酒の楽しみ 3.問題に気付き受診しようとする気持ち――の3点を鑑みて、私は彼に減酒の指導をしました。

 ひとつは、お酒を飲み始める時間を遅らせること。やることがないからと、午前中からだらだら飲んでいると、自然に飲酒量が増えていきます。午後6時以前は飲まないように、と言いました。次に、お酒の量を減らす具体的な目標として、今は1週間で飲んでしまう4リットルのウイスキーを、1か月かけて飲むように指導しました。

3分の1以下に減酒、肝機能も改善

 果たして、彼は家族の協力を得ながら、なんとか飲酒量を減らし、3週間かけて4リットルのウイスキーを飲み、残りの1週間で焼酎を1升飲む、というペースに落ち着きました。それでも、一日の摂取アルコール量は、日本酒約2合半となるので、まだまだ飲み過ぎではあるのですが、彼にとっては十分意味のある減酒となったのです。というのも、肝臓の機能を見るための指標の一つである、γ(ガンマ)-GTPの値が、劇的に改善したためです。

 1週間で4リットルのウイスキーを飲んでいたころのγ-GTP値は、300U/L近くありました(51U/Lを超えると、肝機能異常の疑い)。それが、半年ほど減酒を続けた結果、約30U/Lにまで下がったのです。この数値の変化には、内科医も驚いていたそうです。減酒の指導では、それぞれの人に合った目標を設定することが大切で、一般的にいわれている日本酒換算で1合という「適正飲酒量」を押し付けるだけでは、必ずしも成功しないと改めて実感しました。

飲酒が減ったら、人生を取り戻した

 彼が私の診察を受けるようになり、およそ1年になります。お酒を飲まないことにした日中の時間を、どのように過ごしているのかを聞いてみました。

 「働いていた頃から、郷土史に興味があったんです。仕事をしながらでは、なかなか史料を読んだりする時間も取れなかったのですが、最近は図書館に行ったり、フィールドワークと称して散歩したりしています」

 穏やかに笑いながら話す彼を見て、お酒を減らすということは、自分の人生を取り戻すことに他ならないと思いました。それまでお酒に縛られて、無為に過ごしていた時間を、人生を豊かにするための時間に置き換えていくのです。今夜も、彼は郷土史の史料を読みながら、ウイスキーを楽しんでいるのでしょうか。(重盛憲司 精神科医)

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shigemori_prof

重盛憲司(しげもり・けんじ)

心療内科・精神科医 1952年、長野県生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、慶応義塾大学医学部精神・神経科学教室を経て、国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)にてアルコール依存症などの治療に携わる。また、厚生省(当時)でアルコール関連問題対策を担当。一方、自身では長年にわたり様々なお酒を愛飲。クラフトビールやシングルモルトウイスキーが近年のマイブーム。趣味は学生時代から続けるアイスホッケーと、自宅近くのマリーナからヨットで海に出ること。現在は洗足メンタルクリニック院長。テレビ番組の出演多数。

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