陽子のシネマ・クローゼット
医療・健康・介護のコラム
余命2か月と宣告された母が、最後の力で作りあげた家族の物語…『湯を沸かすほどの熱い愛』
「死にたくない」気丈な母の本心に涙
自分が亡き後、支えをなくした家族が、それぞれにしっかりと独り立ちできるように、手助けを続ける双葉の体を、がんは容赦なくむしばんでいく。最後の力をふり絞り、絶対にやり遂げなくてはならないことが、残っていた。
体調を心配する夫を残し、双葉が安澄と鮎子を連れて車で高足ガニを食べる旅に出る。ここが物語の最大のハイライトシーンだ。いよいよ幸野家の秘密が明かされ、長い間、この日を迎えることを望んでいた双葉は、この旅でようやく役目を終え、力尽きる。
その後、地元の緩和ケアセンターへ入院し、終盤を迎えるかに思えたが、そこに思いも寄らない展開が生まれる。双葉がかなえたいもう一つの望みが明らかになるのだ。そして、迎えるクライマックスでは、双葉の愛がつないだ新しい家族が一つになるシーン。一切弱音をはかない双葉が、はじめて「死にたくない」と、生きることへの執着を見せる言葉に、誰もが涙することだろう。
想像もつかない衝撃的なラストシーンについては、評価は様々だが、この映画の題名の意味に納得する。あまりにもせつなく、双葉がふびんでならないという終わり方かと思いきや、最後に「えっ!?」という驚きと、悲しすぎないようにと、気持ちをホッと温かくさせてくれる。
最高のキャスティング
この物語を成功に導いた最大の要素は、キャスティングが実に素晴らしかったこと。まるでその役を演じる俳優をあらかじめ想定して脚本を書いているかのように、完璧だった。宮沢りえの奥行きある名演技。双葉の、ありのままを感情に表す人間味と、慈しみ深いふくよかな笑顔、そして、ふとした瞬間にのぞかせる思い煩う表情すべてが、“うまい”の一言に尽きる。蒸発した夫役のオダギリジョーについても、ひょうひょうとした“いいかげん”な男を演じさせたら、ピカイチ! 実は、向き合う人には常に誠実だからこそ、やらかしてしまう。どこか憎めないヤツ。そんな一浩だが、双葉とはちゃんと信頼関係が築けていることを随所に感じるのは、監督の哲学なのか。娘役の杉咲花は、まさにあて書きになっていたと中野氏はいう。ハイライトシーンでは、彼女の演技が、ぞっとするほど心を捉えるはずだ。
わたくしも、他界した母から“熱い熱い愛”を教わった。だから今でも思い出せば、体の芯まで温まれる。中野量太監督、こんなにもいとおしい物語をありがとう。(小川陽子 医療ジャーナリスト)
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