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のぶさんのペイシェント・カフェ 鈴木信行

医療・健康・介護のコラム

医師の話をお薬手帳にメモしよう

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もっと知りたい お薬手帳の活用法

 このカフェには昨日も来た。目から (うろこ) のお薬手帳活用法をマスターから聞き、もっと詳しく知りたくて会社の仕事は早々に片づけ、顔を出してしまった。

 健康体の自分はお薬手帳を使っていないが、いくつかの病院に通っている母に、ぜひ伝えてあげたい。

 西日がまだ強い夕刻。扉を開けると、カフェは () いていて、カウンター席には誰もいない。よかった。混んでいてはマスターと話すタイミングがつかめない。

 「ブレンドコーヒー。それと、昨日のお薬手帳をもう一度見せてほしいです」
 座るやいなや、マスターにむちゃなオーダーをした。高揚していることが自分でもわかる。

 返事をしたマスターは、ドリップの際の蒸らし時間を使って、事務室からお薬手帳を持ってきてくれ、私に差し出してくれた。

がんの告知を受けた時の思い 説明のイラストも

 マスターは、手を洗いなおすと、蒸らし終えこんもりと山状になったコーヒー豆に、ゆっくりとお湯を落とし始めた。あと2分ぐらいかかるはずだ。つまりこの間は、マスターはカウンター席の私の前にいる。

 「このページなんですけど……」
 昨日、チラッと見たページだ。読めないような字や、何かよくわからないイラストが描かれている。マスター自身が、お薬手帳に書き込んだようだ。
 マスターは、ドリップしながら視線をこちらへ向け、「あぁ」という顔をする。
 「私、がんがあるんですよ。それを医師に告知された際に、私がとったメモですね」

 そう言われてじっくりと見直してみた。CTの検査をしたら直径12mmのがんが見つかったことや、がんばかりではなく良性腫瘍の「神経 鞘腫(しょうしゅ) 」もあること、さらに今後の治療方針などが書き込まれていた。

 イラストはなんだろう?
 「あ。それはね、左の鎖骨の付け根に、病巣があるってことです。まぁ、お薬手帳は自分が見るものだから、自分がわかればそれでいいんですよ」
 なるほど。

大切なことをメモするのは当たり前

 「目の前で説明を受けながらメモをとるって、学生時代は当たり前だったでしょ。病院や薬局での説明って、学校での授業よりも大切なことを伝えられているんだと思うんです。だから、メモするのも当たり前ですよねぇ」

 マスターは、私のコーヒーを () れ終えた。カウンター越しに手渡された。歩くのが不自由なマスターは、常連客がカウンターに座ると、わざわざ持ってこないで、こういう受け渡し方をしている。常連扱いをされるのがうれしい。

 マスターががん患者であることは、以前、他の客と話しているのを漏れ聞いてしまったので、知っている。
 マスターのお薬手帳を見る限り、自分の病状をしっかりと把握している患者のようだ。

薬局の薬剤師に病名を伝える手段に

 「そうやって、医師から告げられた病名をお薬手帳に書いておくことはとても大切なんですよ」と、マスターが言う。
 えっ、どういうことだろう?

 薬をもらう薬局と病院は、患者の情報があまり共有されていないらしい。処方箋には病名を書く欄がない。なんと、薬剤師は患者の病名すら知らないのか!?

 「薬剤師に自分の正しい病名や治療方針を伝えることは、医療職の応援団が増えることにつながるんです」

 マスターは、薬剤師からも病気に関する説明や治療法、生活を送る上での留意点など、幅広い情報を毎回のようにいただいているそうだ。

 「患者自身が、薬剤師に自分の情報を提供することで、とっても強い味方になってくれるんです。相談すれば、その場で答えられなくても、調べておいてくれますよ」

 薬局の薬剤師がとても役立つ!? 単に薬を渡してくれるに過ぎないと思い込んでいた。本当だ。お薬手帳には、薬剤師から提供された情報もたくさん書き込まれている。

 ゆっくりとマスターのお薬手帳を見ていると、彼は、作業の合間を縫って、事務室へ下がっていった。
 もしかしたら……。

筆者(のぶさん)のある日のお薬手帳~医師の説明を自身でメモしている(写真は一部加工しています)

筆者(のぶさん)のある日のお薬手帳~医師の説明を自身でメモしている(写真は一部加工しています)

 下町と言われる街の裏路地に、昭和と令和がうまく調和した落ち着く小さなカフェ。そこは、コーヒーを片手に、 身体(からだ) を自分でメンテナンスする工夫やアイデアが得られる空間らしい。カフェの近所の会社に勤める49歳男性の私は、仕事の合間に立ち寄っては、オーナーの話に耳を傾けるのが、楽しみの一つになっている。

(※ このカフェは架空のものです)

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鈴木信行(すずき・のぶゆき)

患医ねっと代表。1969年、神奈川県生まれ。生まれつき二分脊椎の障害があり、20歳で精巣がんを発症、24歳で再発(寛解)。46歳の時には甲状腺がんを発症した。第一製薬(現・第一三共)の研究所に13年間勤務した後、退職。2011年に患医ねっとを設立し、より良い医療の実現を目指して患者と医療者をつなぐ活動に取り組んでいる。著書に「医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方」(さくら舎)など。

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