うんこで救える命がある 石井洋介
医療・健康・介護のコラム
医療の中にもハレとケがある
夏は熱中症の季節ですが、お祭りの季節でもありますね。地域ごとに盆踊りや夏祭りがあって、お 神輿 を引いたり花火大会を見たり、夏休みの期間も相まって「非日常的」な時間を過ごすことが、普段より多いのではないでしょうか。
民俗学者の柳田国男さんは、「ハレ」は祭りや年中行事などの非日常、「ケ」は普段の生活である日常を表し、この二つを分けて考える歴史的な文化背景があると唱えました。今回は、医療の中にも非日常的な「ハレ」の医療と、日常的な「ケ」の医療があって、意識的に利用していけるといいなという話です。
「左開胸アプローチで大動脈をクランプしました、血圧上がっています!」……とあるドラマのワンシーンです。医療現場というと、こんなイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか。こうしたシーンは、大学病院をはじめとして〇〇救急センターといった各地域に1か所は整備されている高度急性期病院で行われる医療の様子で、まさに非日常的な医療、“ハレの医療”が展開されています。一方で「 咳 が止まらない」「おなかが痛い」「血圧が高い」などは“ケの医療”で、これらはすぐに相談できる近所のかかりつけ医が診る疾患です。
実際に“医療のハレとケ”の割合は、どのくらい違うものなのでしょうか。
2005年に発表された研究の中で、ある地域を対象に1か月間調査を行った結果、人口1000人に対して、体調に何らかの異常を感じた人は862人、その中で受診した人は307人、一般病院へ入院した人は7人、大学病院に入院した人にいたっては0.3人でした。
日本の医療制度は、国民皆保険に基づく「フリーアクセス」が基本となっています。「フリーアクセス」とは、患者がどの医療機関にかかるかを自由に選択できるという方針で、患者は“ハレとケの医療”を意識せず、どこでも受診できる状況になっています。その結果、ドラマのような救急医療を展開しているすぐ横で、風邪の診察のために3時間も待っている……といったようなこともよく聞きます。
肉じゃがは、どこで食べたらいいか?
これは例えるなら、「有名な江戸前高級 寿司 店に肉じゃがを食べるために行列をつくる」ようなものです。肉じゃがは近所の定食屋の方が早くおいしく食べられることが多いでしょう。しかし、自分の病気をどこで診てもらえばいいのかは、食べログでお店を探すように簡単には選べないので、医療の世界ではこのようなミスマッチがよく起きてしまいます。「なんで、この病院はこんなに待たされるんだろう?」と感じた場合には、一度その病院がどんな医療を提供している場所なのかを考えてみるといいでしょう。
これまでの医療提供体制は、症状が急に表れる時期や病気になり始めの時期の「急性期医療」、つまり“ハレの医療”を中心に構築されてきました。しかし、昨今の高齢化社会に伴う疾病構造の変化により、現在は生活習慣の延長線上にある脳心血管系や悪性腫瘍、肺炎や骨折・認知症など“ケの医療”が中心になってきています。これまで以上に医療の役割分担が重要になってきたといえます。
国も動き始めた
人的・物的・財政的にも限りある医療資源を適正に利用するため、国も2014年に医療の役割分担を意識した「地域医療構想」を制度化し、以降、施策を始めました。これは、寿司店と地元の定食屋の役割を明確に分ける、つまり、非日常と日常の医療を明確にすることで、より効率的に医療資源を再配置しようとしているのです。
海外では日本より先にこの役割分担が明確になりました。例えばイギリスでは、まず「ゲートキーパー」と呼ばれるかかりつけ医を受診し、より専門的な病院での診察が必要と判断された人のみが高度な急性期病院を受診する――という制度になっています。この制度のメリットとしては、
- かかりつけ医が患者に適切な医療機関・専門科に紹介することができ、効率的である
- かかりつけ医は患者本人や家族に長く関わるため、相手を深く理解した上で診断ができる
- かかりつけ医は日常生活の中で保健指導や予防医療を十分に担うことができる
などが挙げられています。
現在の日本が抱える医療の問題の多くが、この“ハレとケ”の役割分担が明確にできていない「フリーアクセス」制度の限界によるもので、今後の医療を提供する体制を考える上で、とても重要なポイントになります。次回以降も、この話を中心に医療の未来について考えていきたいと思います。
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