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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援

健康・ダイエット

口から食べるための口腔ケアは毎日したい

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 ケアマネジャーさんから依頼を受けて増井嘉一郎さん(仮名、94歳)の自宅を訪問しました。玄関先には1台の自転車。誰か来ているのかと思いながら、ドアの予備鈴を鳴らしました。ドアが開いて出てきたのは娘の公子さん(同、70歳)。

 「こんにちは。訪問歯科の五島です」

 「はい、お世話になります。どうぞ。左奥の部屋に本人がおります」

 荷物を持って奥に入ると訪問看護師の麻生さん(同)が書類を記入中でした。

 「こんにちは。私はもう終わりましたから先生、お願いします」

 「お疲れ様。ケアマネさんから口から食べられるかどうか見てほしいと言われたんだけど、様子はどう?」

 「退院されてから少し落ち着いてきています。でも、まだ寝ていることが多いんですけど」

 「そうか。じゃあ、ちょっと拝見」

 すると書類を書き終えた麻生さんが、「先生、私、見学してもいいですか」と言うので、「もちろん」とこたえました。

口から食べるには、口のマッサージから

口から食べるための口腔ケアは毎日したい

 それから一通り診査をして、公子さんに「退院して落ち着いてきているところですけど、お口の状態をもっと良くしなくては食べられません。まず、しっかり 口腔(こうくう) ケアをしていきましょう。お口の状態が良くなってから、食べられるかどうか評価をしていきます」

 「じゃあ、今は口腔ケアということですか」

 「そうですね。しっかり食べられる口の環境を作りましょう」

 電動ベッドの頭を少し上げて準備を始めました。横で麻生さんも公子さんも興味津々で見ています。

 「増井さん、いいですか。力を抜いていてくださいね」

 ベッドに横たわる嘉一郎さんの頬のマッサージを始めました。まだ、目を閉じたままです。次に唇に指を添わせてスッと人さし指を口の中に入れ、頬を内側から外側にゆっくり押し出すようにしました。嘉一郎さんは歯が一本もなく、上下の総入れ歯は外されたままです。見ていた公子さんは「私、指を口の中に入れるなんてできないわ」と麻生さんに話しかけます。

 それから口腔ケア用のウェットティッシュを人さし指に巻き付け、口全体をマッサージするようにしました。最初乾いていた口の中は唾液で潤ってきます。

3か月で口から食べる機能を回復

 「お父さん、気持ちよさそうね。どう?」と公子さんが声をかけると、嘉一郎さんの目が軽く開いて 微笑(ほほえ) みました。

 「先生、どれくらいの時間やればいいですか?」と麻生さんに質問されました。「そうだね。1回数分でいいよ。今はとにかく回数をやってほしいなぁ」

 「私たち訪問看護師は、週4回入っているんですけど、できるだけやった方がいいですよね」

 「もちろん。助かるよ」

 すると公子さんが、「私もやった方がいいですか? 先生みたいにはできないけど」と言います。「ありがとうございます。ぜひ。回数をやっていただくことに意味があるんですから」

 3か月後。上下の総入れ歯を付けて、ベッド上で軟らかい食事をとる嘉一郎さんの姿がありました。

口腔ケアは歯科の専門職だけではなく

 制度的な話をすると、介護保険で認められている訪問口腔ケアの回数は歯科医師が月に2回、歯科衛生士が4回です。口腔ケアは毎日やらなければならないものです。その中で専門職が関与できるのは6回までになっています。少ないと思いますか? 介護保険の目的はあくまでも自立支援です。私たち専門職が訪問する主目的は、自分が利用者の口の中をきれいにすることではなく、現場でケアができる環境を作ることなのです。

 残念に思う依頼があります。ケアマネジャーさんから「〇〇さん、お口が汚れているので口腔ケア、よろしくお願いします」といったものです。明らかに歯ブラシ係としての依頼です。

 現場では、本人、家族が口腔ケアをしていただくことが第一です。しかし、それで十分でない時は訪問看護師やホームヘルパーにも参加していただく体制づくりをしていきます。

 歯科の訪問口腔ケアの目的は三つです。まず、口腔ケアが実践できる環境を作ること、そして口腔ケアの達成状況を評価すること、しっかりとしたケアを定期的に行うことなのです。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)
歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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