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森本昌宏「痛みの医学事典」

医療・健康・介護のコラム

病気が治ったら消える…とは限らない 人類を悩ませてきた「痛み」

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 「今まで痛みなんて経験したことがない」と言い切れる人は、まずいないのでは? けがや 火傷(やけど) 、頭痛に歯痛、寝違えによる首の痛み、腹痛や生理痛、腰痛など、「痛み」は極めて身近で、日常的な感覚だから。実際、ある統計では成人の15~40%が慢性的な痛みを抱えていて、70歳以上では約半数が痛みに悩まされているという。

 ところで、この痛みってヤツ、実は相当に厄介な代物なのだ。なぜなら、他人とも共通の認識を持ちやすい視覚、聴覚など他の五感とは違って、痛みは本人にしか分からない個別的かつ主観的な感覚だからだ。なおかつ、痛みには必ず「 (つら) さ」という感情、情動が付きまとう。この主観的であり、情動であるという点が極めて厄介なのだ。そのために、慢性的な痛みを抱えながらも、家族や友人、さらには医師にさえも理解してもらえずに、日々、孤独な闘いを続けておられる方も少なくはないはずである。

巷にあふれる誤った情報

 書店には家庭医学全集をはじめ、健康に関する本がところ狭しと並んでいる。世の中をあげての健康ブームだ。痛みに関してもしかり。「痛みは消える」「痛みよさらば」などのタイトルの本は数多い。しかし、こうした本のように、痛みを完全に取り去ることって可能なのだろうか? 痛みをなくしてしまえば、それでいいのだろうか?……このような疑問に正しく答え、さらには適切な情報を与えてくれる本は決して多くない。痛みに関する誤った情報(近所のオバチャンのクチコミも?)に振り回されて、どの医療機関を受診すればいいのか分からずに右往左往、ドクタ-・ショッピングを繰り返しておられる方も多いはずだ。これら負の体験が積み重なって、痛みへの (とら) われをさらに強くしていることも事実である。

偉人は「痛みは魂を強くする」と言ったが…

 哲学者であり、偉大な生物学者でもあったアリストテレスは、「痛みは魂を強くする」と説いた。目的因によりすべての生物現象を説いたアリストテレスにすれば、痛みも必然の産物に他ならなかったのであろう。現代の医療にあっても、残念ながら、痛みは病気の症状のひとつに過ぎないとする考えが残っている。加えて、わが国には、我慢を美徳とする風潮がまだ根強くあり、少々の痛みくらいで医者に行くのは (はばか) るなあ、とされる方も多い。一方で、「医者から、『検査に異常はないよ、気のせいでは……』と相手にされなかったんです!!」と、医療不信を訴え、怒りを (あらわ) にされる患者さんもおられる。

 しかし、痛みが激しくなれば、体を動かすこともままならず、人間性を失ってしまうことだってある。痛みがあるのに愉快な気分になれるはずはなく、不安になり、怒りやすくなり、他人への気配りを忘れたりもする。その結果、痛みはその本人だけでなく、周囲の人たちをも 憂鬱(ゆううつ) にしてしまうのだ。したがって、「痛みを我慢する」ことは決して美徳ではない。さらには「魂を強くする」ことにもなり得ない、はずだ。

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森本 昌宏(もりもと・まさひろ)

 大阪なんばクリニック本部長・痛みの治療センター長。
 1989年、大阪医科大学大学院修了。医学博士。同大学講師などを経て、2010年、近畿大学医学部麻酔科教授。19年4月から現職。日本ペインクリニック学会専門医、名誉会員。日本東洋医学会指導医。著書に『ペインクリニックと東洋医学』『痛いところに手が届く本』ほか多数。現在、大阪市北区の祐斎堂森本クリニックでも診療中。

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1件 のコメント

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疼痛の診断治療とワークフローと画像診断

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

痛くなったら○○○。 市販薬や軽い医薬品が第一選択の市民にとって、痛みとか咳とか不快な症状は敵であり治療の対象です。 医師にとっては、患者の苦痛...

痛くなったら○○○。
市販薬や軽い医薬品が第一選択の市民にとって、痛みとか咳とか不快な症状は敵であり治療の対象です。

医師にとっては、患者の苦痛や症状は敵でもありますが、情報源でもあります。
昨今の画像診断の進歩や普及はそのメカニズムを明らかにし、また、多様な対処方法を生み出しました。
その中で、痛みや病変をどういう風に捉えるか、診断と治療法の使い分けは今後の医療の中で重要なのではないかと思います。

IVR=画像下治療という用語を放射線科学会の方が名づけましたが、鎮痛剤や神経ブロックであれば主に麻酔科や整形外科の領域になりますし、今後、疼痛医療に関してもチームプレーや住み分けが大事になってくるのではないかと思います。
一方で、慢性的な疼痛などの症状に関して、多臓器の連環や疾患の連続性を意識して、精査する枠組みも大事ですし、市民もそのワークフローを認識する必要があるのではないかと思います。
毎度毎度、専門医受診など現実的ではないですが、いつもの治療が効かないという情報はとても大事です。

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