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【1】ギャンブルの沼 1 元刑事の転落と再起

シリーズ「依存症ニッポン」

元刑事の転落と再起(中) 関心は「どう借金を解決するか」ではなく、「どうすれば次の借金ができるのか」

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 Aさん(40)が6年ぶりにパチンコ店に足を踏み入れたのは30歳の頃。刑事としての仕事は充実していた。

 「低レートパチスロ」だったら、かつてのような大やけどを負うこともない。

 そう確信しながらやってみると、予想通り、少ない金額でそれなりに遊ぶことができた。

 これなら大丈夫。ゲームセンターのようなものだ。

 その後も数回、低レートパチスロに出かけた。

 だが――。やはり物足りない。かつて、生活破綻ぎりぎりで勝ち負けを繰り広げていた自分の心に、しびれるような勝負への渇望がわき上がってくるのは自明だった。

 気がつくと、かつて夢中になった、ギャンブル性の高い台の前に座るようになっていた。

再び、消費者金融からの借金に

 それ以降は、ギャンブル依存の典型的な展開だった。

 パチンコ店に足を運ぶ頻度は増えていく。最初は非番の日だけだったが、仕事帰りにも立ち寄るようになった。使う金額も、日に日に大きくなっていった。妻から受け取る月数万円の小遣いが底をつくのは、あっという間だった。

 ギャンブルと借金の「前歴」がある自分が、再び同じ過ちに向けて走り出したことなど、妻には絶対に秘密にしなければならない。世間に向けては、「マジメな夫」「仕事熱心な警察官」を貫き通さなければならない。

 そう思う傍ら、理性の 麻痺(まひ) は始まっていた。

 手持ちの資金がなかったある日、とうとう消費者金融で5万円を借り、そのままパチンコ店に出向いた。

 幸か不幸か、15万円ほど勝つことができた。借りた5万円を返してもまだ10万円残る。自分自身の生活を立て直すチャンスだ。ところが、そうは考えなかった。

 「こんなにも勝てる。だったら、5万円の返済は後回しにして、15万円を元手にもっと増やそう」

 最悪の選択だった。

 当然ながら、手元の15万円がスロット機の中に吸い込まれていくのに、たいした時間はかからなかった。

 それを取り返そうと、消費者金融に出向き、再び失い、さらに借金……、ギャンブルではお決まりのスパイラル。負債額が膨らんでいくことは子どもでもわかる。

 絶対に妻に知られるわけにはいかない。休日にパチンコ店に行くために、事件、残業、多忙などと、うそをつき続けた。

 刑事としての仕事はきっちりやっていた。皮肉なことに、その生真面目さがAさんを追い込んでいった。

 仕事に没頭している間は、自分のダメな部分を忘れられるが、オフになると罪悪感が襲ってくる。気を紛らわすために、パチンコ店に行く。スロットマシンと格闘している間は、罪悪感から逃れることができていた。

 何のためにギャンブルをやっているのか、もうわからない。底の見えない深い沼に両足を取られ、ズブズブと沈み込んでいった。

 借金は加速度的に増え、間もなく、利用限度額いっぱいになった。

 わずかに残っていた理性も壊れ始めていた。

 もうこの頃の関心事は、「どう借金を解決するか」ではなく、「どうすれば次の借金ができるのか」になっていた。しかも、当面の借金を返すために、新たな借金をするのではない。この期に及んで、パチスロの資金が欲しかったのだ。

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染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局記者
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、メディア局専門委員などを経て、2021年5月からメディア局メディア編集部記者。

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