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【1】ギャンブルの沼 1 元刑事の転落と再起

シリーズ「依存症ニッポン」

元刑事の転落と再起(上) パチスロで借金、失職、離婚、万引きで逮捕、そして……

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 かつて、ギャンブル依存(ギャンブル障害)は「心の問題」であり、「気持ちで克服できる」と認識されてきた。

 多額の借金をし、家族や知人に迷惑をかけても、すべては「自己責任」。ギャンブルへの衝動、そしてそこから離れられない日常に対して、「心を入れ替えなさい」という「お説教もどき」で片づけられ、そこから立ち直ることも自己責任に委ねられてきた。

 アメリカ精神医学会が出版する「精神疾患の診断・統計マニュアル」の最新版「DSM-5」は、2013年、「ギャンブル障害」をアルコールや薬物などよる「物質関連障害および嗜癖性障害群」に分類した。つまり、ギャンブル依存は、体の機能が正常ではない「器質的」、そして正しく働かない「機能的」な疾病(disorder)と認められた。

 厚生労働省の17年度調査によると、国内でギャンブル依存が疑われる人は320万人……。

 最後のバイト代25万円が自分の口座に振り込まれた。

 全額を下ろし、かばん一つで神戸市内の自宅マンションを出た。家賃の支払いが滞っているため、もうここには戻れない。いや、その金があるのなら、パチスロに使いたかった。もう、バイトを続ける気力はなかった。

 手持ちがなくなったら、死ねばいい――。自暴自棄を通り越して、破滅に向かって踏み出した。

 その日から、漫画喫茶に寝泊まりし、昼間はパチンコ店で過ごした。

 勝ったり負けたりを繰り返し、1か月ほどは生き延びることができた。やがて、持ち金がすべて底を尽きた。

 もっと現金が欲しい。生きていくための金ではない。必要なのは、パチスロを続けるための資金だ。

 強盗をする度胸はないので、コンビニで食べ物を万引きして飢えをしのいだ。大きな書店で盗んだ書籍を古本屋で現金に換えて、パチスロの資金を作った。

 そのうち、書店で巡回していた保安員に捕まり、警察に突き出された。住所不定、無職、身元引受人なし。窃盗容疑で勾留され、起訴された。

 間もなくの裁判で、執行猶予つきの有罪判決――。

 Aさん(40)。以前は、九州のある県警で働く刑事だった。

周囲から見下されていると考え、警察官に

 地元の国立大学経済学部を卒業したAさんは、まずは地域の団体職員となった。

 24歳のときに、職場で知り合った女性と結婚し、すぐに子どもが生まれた。妻の父親は元警官で、親戚にも警察関係者が多かった。

 親類の集まりに出向くと、どうしても警察の話題になることが多い。そのたびに疎外感を覚えていた。というよりも、「警官ではない自分」に劣等感を持ち、周囲から見下されているように感じていた。

 「もちろん、親戚の誰も自分にことを見下したりはしていませんでした。勝手な思いこみです。自分は子どもの頃から、地位や立場、上下関係で人を見てしまう性格だったんです」

 自分のやりたいことは、今の団体職員ではない。だったら、警察官になろう――。

 そう考えて、仕事の傍らに勉強をした。26歳で地元県警の採用試験に合格した。

 警察学校を経て、最初に配属された交番での「お巡りさん」としての仕事にも、やりがいはあった。だが、警察官であるからには、刑事になりたかった。私服姿で犯罪者を追い、街の治安を守りたい。

 目標に向けて、時間があるときには、本署の刑事課に出向き、先輩の話を聞いたりして勉強を続けた。そんな意欲と姿勢が認められたのだろう。警察官になって2年が過ぎた頃、念願の刑事課に配属となった。

 毎日が忙しく過ぎていったが、ストレスは感じなかった。

 Aさんに、悪魔がそろりと近づいたのは、刑事になって2年目のことだった。

 ふと思いついてパチンコ店に入ってみた。まさか自分の人生が暗転するきっかけになるとは想像もしなかった。

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染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局記者
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、メディア局専門委員などを経て、2021年5月からメディア局メディア編集部記者。

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