産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」
医療・健康・介護のコラム
笑顔が自分を追い込む 「スマイル仮面症候群」(上)
24歳女性、仕事のミスを機に職場でしこりが
江上節子さん(仮称)は24歳のメーカー営業部員です。職場のストレスチェックで「高ストレス状態」と判断され、産業医面談に来ました。話を聞くと上司の係長と葛藤があるようです。彼女は明るい笑顔を武器に、営業成績を上げてきたと言います。
「ある営業でミスがあって、それ以後、係長はカタイ表情で、キツイ言い方をします。関係がうまくいかず、緊張が続いています。たった1回のミスなのに、笑顔が通じません」と訴えます。
上司だけではなく同僚との感情のしこりも感じて、相当にこたえているようです。
職場で周りの視線がキツイ
面談はこんな形でした。
節子さん: 先生、係長を筆頭に、みんなの視線がキツイんです。
私 : キツイ視線ですね。
節子さん: 突き刺さる。無視されている感じもします。
私 : 考えすぎではないでしょうか?
節子さん: シカト(無視)のような感じもあります。私の将来は真っ暗です。
私 : う~ん。
深刻な訴え、でも笑顔で話す
(面談中、ふと節子さんを見ると、深刻な訴えなのに、表情は笑顔のままです)
私 : 真っ暗と言いながら、笑顔でお話ししていますよ、どうして?
節子さん: えっ、先生、私、笑顔ですか?
私 : 笑顔ですよ。多分、つくり笑顔でしょうが……。
節子さん: 常に笑顔でいることを意識しているから、そうかもしれません。
私 : 笑顔を意識しているのですね。いつも?
節子さん: 職場では、そうですね。
私 : それは、笑顔を演じていることになりますね。
節子さん: 演じている? まあ、そうですね。同性や上司がいる時は、そうしています。
私 : どうしてなの?
節子さん: みんなによく思われたいから。
私 : よく思われたいからですか?
節子さん: 会社ではズーッと続けています。今は言えませんけど、ほかにも悩みがあるんですよ。
私 : 家ではどうかな?
家でも笑顔を作っている
節子さん: 居間にいる時は笑顔。母がいるから。
私 : 家では素顔になれないの?
節子さん: ストレスがある時でも、家でも笑顔作りです。
私 : 家なら素顔でいたほうが、疲れないよね。
節子さん: そう思うけど、母もいるから、笑顔になってしまいます。
私 : お母さん?
節子さん: 笑顔の大切さを教えてくれた人だから。
私 : そうか、そうなんだ。お母さんが、なぜ?
「欠点を笑顔でカバー、就活も有利」と、母が教えてくれた
彼女の話を聞くと、笑顔をトレーニングで身に付けてきたことがわかりました。母親とのやりとりを再現してみます。
節子さん: お母さん、大学生になったので、アルバイトをしようと思うの。
母親 : もう2回生ね。余裕があるなら、してもいいんじゃない。
節子さん: うん、友達もしているしね。
母親 : 節子は「人見知りする方」だから、バイトは賛成よ。人見知りしていると、お客さんには表情がキツク見える。暗い感じにも。それをカバーするには、笑顔が大事。明るさやイメージづくりにも役立つよ。
節子さん: 笑顔づくりは、店長にも言われて練習中よ。
母親 : 良かったね。その硬い感じがカバーできるから。
節子さん: 嬉 しい。
母親 : あなたも、数年後には社会人になる。女性が働く時代だから、接客で、相手の人に「いい感じ」を持ってもらうのは大事よ。
節子さん: 社会人か……。就活があるね、不安。
母親 : お父さんも言っていたけど、就活は面接が決め手みたいね。
節子さん: 先輩もそう言っていた、特に女子は。
母親 : お父さんに聞いたら「明るさ、前向きな雰囲気」と言っていた。
節子さん: 明るさ、前向き。自信ない、ない。
母親 : 心配いらない。笑顔で演じればいけるよ。バイト先の店長が言う笑顔の練習よ。それに接客は慣れね。
節子さん: そうか。明るさ、前向きイメージも笑顔で演出できるのね。
母親 : 演出か、そう、そう。演じる感じでね。
「笑顔で好感度が上がる」と店長は指導
接客が仕事のアルバイト先で、店長からこんな指導を受けました。
節子さん: アルバイトの江上節子です。よろしくお願いします。
店長 : こちらこそ、よろしく。
節子さん: 明日からです。
店長 : そう。そこで、君に「笑顔の練習」をしてほしい。
節子さん: 笑顔ですか? 苦手で……。
店長 : 接客は好感度で決まる。あなたは少し硬めの表情だから。笑顔がいるよ、笑顔が。
節子さん: わかりました。まず、どうすれば良いのでしょうか?
「口角を上げて、目尻を下げる」
店長 : 鏡を見ながら、口角を上げるだけでいいよ。最初は。それから表情を見てね。
節子さん: (鏡を見ながら)笑顔、まず口角を上げる、これでいいですか?
店長 : う~ん。練習がいるよね、それが自然にできるように。
節子さん: 練習します。
店長 : 「男は度胸、女は 愛嬌 」って言うでしょう。愛嬌がチャームポイント。次はね、目尻を少し下げる。
節子さん: わかりました。練習してみます。
(2時間後に店長が来ました)
節子さん: (笑顔で)これで、いいですか?
店長 : ひとまず合格。笑顔で、だいぶイメージが変わったよ、硬い感じがほぐれ、好感度アップね。
節子さん: ありがとうございます、店長。

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いつでも笑顔とか無理ですよね。
勿論、嘘の笑顔や明るさで乗り切らざるを得ない時もありますが、所詮、人間は人間です。
その辺の、ギャップをどういう時間を作って乗り切るかが課題になります。
スポーツやギャンブルになぜ人は熱中するかと言えば、うまいこと偽装して感情を発散できるからです。
逆に言えば、行為であれ、物質であれ、依存する先をばらけた方が無難です。
まるっきり、金融の分散投資に似てますけどね。
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