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訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳

医療・健康・介護のコラム

高齢者が病院でやせたのは、飢餓が原因だった

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食事を増やしたら体重増加、トイレや食事も自立へ

 老人ホームの食事は1日1400kcalと入院中よりも少し多めでしたが、本人と相談し、栄養治療を開始してみることにしました。高カロリーな栄養補助食品を1日1缶(375kcal)、食事に追加してみたのです。すると、体重の減少が止まりました。さらにもう1缶、飲んでみることにしました。すると、体重の増加が始まりました。ここ1年の栄養治療で、彼の体重は14キロ増加しました。

 2か月に1度は起こっていた肺炎は、ここ1年起こっていません。そして、完全な寝たきりから、排せつはトイレで、そして食事も椅子に楽に移乗して食べることができるようになりました。声にも力が出てきて、笑顔で会話が継続できるようになりました。「骨と皮」だけだった彼の胴体は、いまはしっかりと肉に覆われています。

病気を持っていると必要なエネルギーが増える

 彼は、老衰などではなく、単なる「飢餓」だったのです。「食べていれば大丈夫」というものではありません。特に慢性疾患を持つ高齢者は、健常な成人よりも代謝が亢進こうしんし、必要なエネルギーが多くなっているケースが少なくありません。呼吸不全、心不全、腎不全、肝障害、 膠原(こうげん) 病、悪性腫瘍、感染症、外傷・手術……。いずれも病気がエネルギーを消耗します。これらは通常、「ストレス係数」という形で基礎代謝に乗じます。

 特に彼のような慢性呼吸不全の場合、経験的には1.5倍から2倍のエネルギーが必要になることも少なくありません。さらに、慢性呼吸不全の患者さんは、たびたび発熱や肺炎を起こします。これらは当然ながらストレス係数を高めます。さらに肺理学療法などのリハビリを行う場合には、その分のエネルギー(活動係数)も勘案しなければなりません。

肺炎、骨折、認知症……体重減が引き起こす負のスパイラル

 ちゃんと食べているのに体重が減る。これは老衰ではなく、エネルギー不足です。食事が足りないのです。特に消化吸収機能は、加齢に伴って機能が「低下しない」ことが知られています。「年だから食べられない、食べても太れない」のではなく、「必要な量を食べていない、食べさせていない」、だから体重は減っていくのです。

 日本には「年相応」という便利な言葉があります。年相応に食事の量が減っていく。患者さんも医者もそんなものだと思っています。食事の量が減ると、必要なエネルギーやたんぱく質が足りなくなります。エネルギーやたんぱく質が足りなくなると、私たちの身体は、脂肪や筋肉を分解してそれを補います。筋肉量が減少すると、運動機能が低下します。運動機能が低下すると、動くのがおっくうになり、ますます食欲が低下したり、食事の回数が減ったりします。すると、ますます食事の量が減って……という悪循環が起こります。

 これを栄養学の世界では「負のスパイラル(悪循環)」と呼んでいます。四肢の筋力が低下すると、舌やのどの筋力も低下することが知られています。すると、口の中の細菌が肺に侵入しやすくなり、 誤嚥性(ごえんせい) 肺炎を起こしやすくなります。栄養状態が悪化すると、免疫力が低下することも、肺炎が起こりやすくなるもう一つの要因です。

 また、筋力が低下すると、当然、転倒や骨折を起こしやすくなります。その結果、寝たきりになれば、尿路感染や 褥瘡(じょくそう) (床ずれ)を起こしたり、認知症の進行が加速したりします。高齢者によくみられる肺炎・骨折・認知症などの病気は、一見、別々のものに見えますが、実は根っこは同じなのです。それは、食事量の低下から始まる悪循環。しっかり食べて、体重をつける。これが高齢者にとっては一番の健康法だといってもいいと思います。

高齢者の一番の健康法は、しっかり食べて体重をつけること

 高齢者の標準体重については、さまざまな研究が行われています。その結果、これまで標準とされてきたBMI22では低すぎることがわかってきました。文部科学省の調査では、男性はBMI27.5~29.9、女性はBMI23.5~24.9、つまり男女ともに肥満体形に近いほうが死亡のリスクが少ないということが明らかになっています。国際的にも、BMIが25~28くらいが高齢者の場合には最も死亡のリスクが低い、ということがわかっています。

 一方、BMIが18.5を下回ると死亡のリスクは指数関数的に高くなり、女性の場合、16未満だと、22の人と比較して、死亡のリスクはなんと2.6倍にもなることがわかっています。高齢者の「肥満」は安全、「やせ」は危険信号なのです。

 高齢者はやせていて当たり前。日本ではそう思われてきました。実際、在宅で療養している高齢者の平均BMIを調べてみると、なんと18.1とかなりの低さでした。在宅高齢者の実に60%がBMI18.5未満、つまり「やせ」で、死亡のリスクが2.6倍になるBMI16未満の人がなんと28%もいることもわかりました。

 しっかり食べて、しっかり太る。高齢者は、難しい健康法を試すよりも、まずは体重を増やすことを考えてみてはいかがでしょうか。

【参考】
<基礎代謝エネルギー消費量(BEE)の計算式(ハリス・ベネディクト)>
男性BEE=66.47+[13.75×体重(kg)]+[5.0×身長(cm)]-[6.75×年齢]
女性BEE=655.1+[9.56×体重(kg)]+[1.85×身長(cm)]-[4.68×年齢]
これに「活動係数」と「ストレス係数」をかける。
■活動係数
1.0~1.1 (寝たきり)
1.2 (ベッド上安静)
1.3 (ベッド以外での活動)
1.5 (あまり動かない)
1.7 (普通の生活)
1.9 (活動性が高い)
■ストレス係数
手術:1.1(軽度)、1.2(中等度)、1.8(高度)
がん:1.1~1.3
感染症:1.2(軽度)、1.5(中等度)
外傷:1.35(骨折)、1.6(頭部損傷でステロイド使用)
熱傷:1.5(体表面積の40%)、1.95(体表面積の100%)
体温:36度から1度上昇ごとに0.2増加

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佐々木淳(ささき・じゅん)

 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年生まれ。筑波大医学専門学群卒。三井記念病院内科、消化器内科で勤務。井口病院(東京・足立区)副院長、金町中央病院(同・葛飾区)透析センター長を経て2006年MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)設立。2008年、団体名を悠翔会に改称。首都圏12か所で在宅療養支援診療所を運営する。

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1件 のコメント

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個別化医療は世界のどこまで繋がるか?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

がんの個別化医療も言われて久しいですが、日常生活や老衰もそうですよね。 健康診断に行けば、老人としか思えない50代もいれば、70台なのに若々しい...

がんの個別化医療も言われて久しいですが、日常生活や老衰もそうですよね。
健康診断に行けば、老人としか思えない50代もいれば、70台なのに若々しい人もいます。

確かに、総じて若者は回復力が早く、老人は回復が遅く代謝も小さいですが、体力も気力もバラバラです。
本文類似のケースでも、実際に、死を意識して食が細っているケースもあるのでしょうが、そうと決めつけてしまうことの怖さがわかります。

実は、そうやって考えると、食事や生活の場の設定一つであらゆるものを変えて行けるのかもしれません。
病院の食事は減塩などの節制を基本とした粗食であるべきという常識もあるいは見直すべき部分かもしれません。

それは病院らしくないという言葉は、それは老人らしくないというイメージに縛られることと同様に、生や喜びの可能性を奪っている可能性もあります。
僕も余命一か月と言われたら、余命が二週間に減っても好きなもの食べて、あの世に行きますよ。

多様性の担保は、ある種の平等の幻想を奪い、その情報の拡散が持つ格差や差別意識の問題が難しい部分もありますが、どちらが物理的に、心理的に生産的であるかを考えれば、今後、より合理的、合目的的な部分を考えていく必要があります。

幾つかのタブーを捨てることで、お金やサービスが回って社会が活性化するのであれば、考えていくべきことかもしれません。

医食同源という言葉もありますが、政治経済的な問題との兼ね合いや常識のウソとの兼ね合いも含めて議論していく必要があります。

フードロスの問題や子供食堂などの非政府的取り組みに政府の課題が依存している問題も含めて、法律が雑でもいいから前に進んだ方が救われる命もあるでしょう。

富やサービスの再分配の課題は老人や医療機関が解決してはいけないという法律はなかったと思います。

ちょっとくらい廃棄コストや人件費を水増ししてくれて結構ですから、社会のためになる企業や団体が増える方が日本の為でしょう。

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