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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

裸の女性患者たちをベルトコンベヤー式に…病棟の入浴風景に呆然 看護実習生の体験談から学べること

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話を聞こうとすると、「認知症だから、大丈夫」

 次の三つの場面も、別の実習生が現場に違和感を覚えて記述したものです。

<オムツにしてください>

 自宅で転倒して大腿骨だいたいこつを骨折し、手術後は医療療養病棟に入院している85歳の女性患者。足の筋力低下が見られ、移動は車いすで移乗は全介助。排泄はいせつ は、トイレまで移動すれは自力でできるが、失禁してしまうこともあるため、予防的にオムツをしていた。実習が始まって3日たつが、毎日、病棟ではひっきりなしにナースコールが鳴り、看護師も介護職員もいつも忙しそう。私が休憩から戻って患者さんのもとにいくと、患者さんが自分でトイレに向かうところだった。ちょうど看護師もやってきて、患者に「転んだら危ないでしょ。オムツにしてください」と言った。

<ペースト食をすべて混ぜて口へ>

 意識レベルの低い60代の患者への食事介助。看護師は、主食、副菜、デザート等のペースト食を、まずはすべて一緒にまぜてから、無言で次から次へと口に運んでいく。「えっ、全部まぜちゃ、味がわからなくなってしまう」と思った。せめてどんな料理かを伝えたくて、「今日の献立はお魚の煮付け、ほうれん草のおひたし、ご飯です」と話しかけながら、食事介助をやってみたら、「そんなゆっくりじゃ、どれだけ時間があっても足りないわよ」と看護師に言われた。

<認知症だから、大丈夫>

 透析中の患者さんが、何かを言いたそうに周囲を見回していた。スタッフが通るたびに声をかけていたが、発声に困難があり、ほとんど聞き取ることができない。自分にも声をかけてきたので、近づき話を聞こうとすると、看護師から「認知症だから、大丈夫」と言われてしまった。

 臨床現場で実習生が疑問を抱く場面には、共通点が見えます。看護師のかかわる行為のうち、患者を清潔に保つ保清、排泄、食事など日常生活の援助や、患者とのコミュニケーションの場面での出来事が多いのです。今回紹介した四つの場面もそうです。

 実習生は、看護師の一挙手一投足を見て勉強します。看護師が患者へ投げかけた言葉そのもの、あるいは言葉の使い方、患者への向き合い方など。そこに、「患者の人間性が尊重されていない」「羞恥心への配慮がなされていない」といった倫理的課題が含まれているのです。以前の調査で、看護実習を終えた学生に、実習で違和感を持った場面について書いてもらった際にも、似たような場面がたくさん挙げられていました(Tsuruwaka M : Crucial ethical problem for Japanese nursing students at clinical settings, Journal of Nursing Education and Practice)。

患者に近い感覚を持つ実習生から学ぶ

 今回紹介した各場面では、「認知症」「意識レベルの低下」など、意思疎通に困難がある患者だったことも共通しています。認知症を患っていること、意識レベルが低下していることは、患者のすべてではありませんし、患者の人格とは関係のないことです。このような弱い立場の人々の「患者としての権利」をいかに守るか、ということについて、実習生たちが強く意識していることもわかります。

 もちろん、看護師と実習生では立場や責任が異なります。実習生たちは、臨床現場の看護師のように問題の渦中にいるわけではありません。現実と理念の狭間はざまで自分はどうあるべきかと、存在が揺さぶられるような葛藤を経験したこともないでしょう。

 しかしその分、実習生は、現役の看護師と比べ、患者に近い感覚を持っています。そのため、医療現場に潜む課題を、患者に近い目線から敏感に捉えることができるのだと思います。実習生が臨床現場で抱いた違和感は、「どう患者と関わることが倫理的といえるのか」、さらには「看護とは何か」という大きな問いを投げかけ、私たちに考えるヒントを与えてくれるのです。(鶴若麻理 聖路加国際大学准教授)

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

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53件 のコメント

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理解されないのもつらい

さかな

倫理観を大切にして勤務してますが、つらい現場ばかりです。同じ職種なのに、認知症だから、精神疾患だから、寝たきりだから、と一つ一つの動作に声を掛け...

倫理観を大切にして勤務してますが、つらい現場ばかりです。同じ職種なのに、認知症だから、精神疾患だから、寝たきりだから、と一つ一つの動作に声を掛けないスタッフの方が多い現実。医療従事者同士なのに、知識を応用しない、技術向上しない風土で精神的に疲れてしまう。。難しい事なのか、倫理観を大切にすることは。

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現状

とろろ

憤り、悲しみを感じるけれど、これが日本の医療・看護・介護の状況。変えようとするなら、行政の意思、思考がもっともっと医療・看護・介護に向かない限り...

憤り、悲しみを感じるけれど、これが日本の医療・看護・介護の状況。変えようとするなら、行政の意思、思考がもっともっと医療・看護・介護に向かない限り、大きな改善は難しいのかな。

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どっちの気持ちもわかる

とにー

患者側になれば、ひどいな。看護する側になれば、そうだよね。という感想にもなります。生きている限りは、自分でトイレとお風呂には行きたいものです。看...

患者側になれば、ひどいな。看護する側になれば、そうだよね。という感想にもなります。生きている限りは、自分でトイレとお風呂には行きたいものです。看護師さん、介護士さん、ヘルパーさん、本当にお疲れ様です。ありがとうございます。

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