文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

のぶさんのペイシェント・カフェ

コラム

自分にとっての幸せとは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

自分を頼って仕事が回ってきたことの嬉しさ

 今日もこのカフェに足が向いた。初めてカウンター席に座ってみた。ここでは、障害と病気を持ったマスターが、香り豊かなコーヒーを1杯ずつ目の前で丁寧にドリップしてくれる。

 先日は、心の余裕や生活に潤いを感じていない自分に気づかされた。あの日は、職場に戻っても仕事があることがちょっと嬉しかった。普段だったら、仕事依頼のメールを見るのさえイヤなのだが、違う見方をすれば、私を頼って仕事が回ってきたのだと。残業して遅い時間に帰った自宅でも、好きなアーティストのDVDを見ながら起きて待っている妻の後ろ姿を見て、感謝の気持ちが湧き上がった。 

 驚いたのは、大学生の娘に「いつもより楽しそう」と私の深層心理を言い当てられたことだ。彼女は人に対する感性が豊かだ。何げないこういう毎日が、実は幸せに満ちた時間なのだ。いまの自分を、どういう視点で見るか、という発想力を、あのマスターに気づかされた。

人と人をつなげ、刺激し合える空間を創りたい、

自分にとっての幸せとは?

 マスターが () れたてのコーヒーを私の前に置いた。

 足を引きずり、 身体(からだ) を大きく揺らしながら持ってくる。こぼれないように、カップの大きさの割に、もともと量は入っていない。でも、それ以上に、幸福の種が入っているかのよう。

 「いつもこれぐらいの時間にお越しいただきますが、お近くで仕事をされているのですか?」
 のんびりしている店内。マスターも時間にゆとりがあるのだろう。話しかけてきた。
 「ここからすぐの所なんです。いつも息抜きに寄らせてもらっているんです。」
このやり取りだけで、少し心の距離が近くなった。マスターには聞きたいことがたくさんある。

 「えっと……、マスターは、どうしてカフェを?」
 いきなり質問を変えてしまったので、マスターは少し戸惑いの様子。でも、ひと呼吸おいて、話をしてくれる。

 病気を持っている身体で企業に勤めていた際に多くの方の刺激で発想が変わり、人生が豊かになったことや、だからこそ、逆に人と人をつなげ、刺激し合える空間を創りたいと考えたこと、その手段としてのカフェであることなどを、手短に教えてくれた。

自分がやりたいことに全力で取り組む

 客が入ってきた。そちらに目をやったマスターは、最後にこう言って、言葉を締めた。
 「人生で自分のやりたいことが何かを考えて、それに向けて、いま動ける。それが幸せなんだと思うんですよ。」

 自分のやりたいことに向け、全力で取り組んでいるマスターは、幸せが全身からあふれ出ている。身体に障害があり、治らないがんを患っているようには見えない。

 一方で、自分を振り返る。自分のやりたいことを捉え、それに向けて、いま動いているだろうか?
 自分がどう生きるのかという大きな宿題を出されてしまった。

ひとまず仕事をきっちりと、そして家族と楽しく過ごす

 さっき、仕事のメールや、妻や娘の存在に感謝の気持ちを新にしたばかりだ。いますぐに、なにをやりたいかは浮かばないが、仕事も嫌いではない。妻や娘ともケンカやすれ違いはあるけれど、私にはかけがえのない存在だ。 

 ひとまず浮かんだ自分の生き方は、今の仕事の成果をきっちりと出していくこと、そして家族と一緒にいる時間をより楽しくすることだろうか。

 冷めつつあるコーヒーを飲みながら思う。会社に戻ったら、返信メールにはいつもより丁寧なお礼の言葉を書き加えよう。

 帰るときにはSNSで妻と娘に連絡を入れてみよう。しかも、普段使わないかわいらしいスタンプを使ってみようかな。感性鋭い娘には何を言われるのだろうか。照れくさい気もするが、楽しみでもある。

 「マスター。お会計をお願いします。」
 「あれ? なんか楽しそうですね?」
 どうやら、このマスターも、娘と同じく、対人の感性が鋭いらしい。

 下町と言われる街の裏路地に、昭和と令和がうまく調和した落ち着く小さなカフェ。そこは、コーヒーを片手に、身体(からだ) を自分でメンテナンスする工夫やアイデアが得られる空間らしい。カフェの近所の会社に勤める49歳男性の私は、仕事の合間に立ち寄っては、オーナーの話に耳を傾けるのが、楽しみの一つになっている。

(※ このカフェは架空のものです)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

nobusan-patientcafe_eye02

のぶさんのペイシェント・カフェ

鈴木信行(すずき・のぶゆき)
患医ねっと代表。1969年、神奈川県生まれ。生まれつき二分脊椎の障害があり、20歳で精巣がんを発症、24歳で再発(寛解)。46歳の時には甲状腺がんを発症した。第一製薬(現・第一三共)の研究所に13年間勤務した後、退職。2011年に患医ねっとを設立し、より良い医療の実現を目指して患者と医療者をつなぐ活動に取り組んでいる。著書に「医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方」(さくら舎)など。


のぶさんのペイシェント・カフェの一覧を見る

1件 のコメント

コメントを書く

スポーツから考える仕事の意味と成功の意味

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

サッカーを教える大学生とも年齢が開いてきて、そろそろ予備知識や時代の違いを感じます。 一方で、ほとんどの学生は所詮日本人で、関西人で、所詮は同じ...

サッカーを教える大学生とも年齢が開いてきて、そろそろ予備知識や時代の違いを感じます。
一方で、ほとんどの学生は所詮日本人で、関西人で、所詮は同じサッカーです。
今まで以上に相似と相違と距離感を意識しながら、サッカーにおける仕事の意味ややり方を伝授して行っています。

気を付けているのは、現代の医学部やその前の高校で勉強やスポーツでスパルタになりすぎている部分への配慮です。
サッカーも好きだけど、各々の中の過去の思い出に基づくサッカー観も大事で、グラウンド外の価値観もあって、あくまでも本業は医師資格を取るための勉強で、他にも楽しみたいことや学びたいことがある。
そして、若い彼らにも気まぐれや失敗が許容されるべき。

勿論、サッカーにおけるスコア的な勝利や目に見える成長の部分をどこまでも度外視するとサッカーではなくなってしまいます。
けれども、全ての試合で勝ちに行くことが彼ら個々人の日常や成長を壊すのであれば、そんなものは目指さなくていいわけですので、その両方の綱引きを考えています。

やりたいことだけで生きられる人は少数ですし、やりたいことを仕事にするとその中の嫌な部分を呑み込まないといけません。
では、人によっては嫌じゃないことや我慢できることを仕事にした方が良いのかもしれませんね。
対価や制約も含めて、私生活との関わりも含めて、仕事の意味を考えることは大事です。
そういう部分も部活を通じて考えさせていけたらいいとは思います。

同じポジションの名前でも、システムや人によって役割は変わります。
同じ人でも、チームのメンツや試合状況により仕事は変わります。
初心者だらけのチームでは王様でも、プロやセミプロの世界ではハードワークを心情にせざるを得ない選手もいます。
そういうのはスポーツという限られた土俵の中でさえ仕事のシビアな部分を考えて感じて受け容れていく部分です。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、ヨミウリ・オンライン(YOL)、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事