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陽子のシネマ・クローゼット

医療・健康・介護のコラム

自閉症の少年に言葉をくれた、ディズニー・アニメの脇役たち…『ぼくと魔法の言葉たち』

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“多様性”に希望

DVD3800円(税別)
発売・販売:トランスフォーマー

 映画の中では、卒業を2週間後に控えたクラブの様子を取り上げている。いよいよ自立していくオーウェンと仲間たちにとって、最もモデルになる物語として選ばれたのは、『ライオン・キング』。時がきたら、一人で生きていかなければならない現実について、父を亡くした主人公が自立していく物語を通して、オーウェンのリードで意見を交わし、前向きに理解を深めていく。

 ただ、ディズニーのアニメ映画が、人生の全てを教えてくれるわけではない。本作は、現実社会には、様々な問題が待ち受けていることも、きちんと伝えている。困難や失望の壁は、オーウェンの前に高くそびえ立つ。しかし、これは誰しもが経験することであって、わたくしたちにとって、生きることは決して楽ではない。

 オーウェンは、学校でいじめにあった頃から、自身の姿を物語の脇役と重ねていた。その感性から生まれた自作の「迷子の脇役たちの国」の物語には、“多様性”という主題がうかがえる。どんな人間でも不完全であり、ヒーローと脇役の役目が時には入れ替わりながら、支え合い生きていくことを彼は知っている。 “多様性”を体現する世界に、人々が待ち望む未来があると思える作品だった。

「ディズニーの幹部を泣かせた日」

本作について語るロジャー・ロス・ウィリアムズ監督(2017年3月、東京都内で)

 本作の日本での公開を前にした2017年3月、ウィリアムズ監督が来日。東京都内で行われたメディアのインタビューに、わたくしも同席した。

 彼とオーウェンの父ロンは、15年来の友人だ。ロンは、ピュリツァー賞を受賞した作家であり、オーウェンについての書籍『ディズニー・セラピー』の著者でもある。本について話を聞いたウィリアムズは、すぐに、これは素晴らしい映画になると思ったという。

 作品の中で、ディズニーの素材を使わせてもらうのは簡単なことではなかった。許可を得るためのプレゼンでは、同社のアニメや各セクションのトップが一堂に会した。サスカインド家のホームムービーと「ディズニー・クラブ」の映像を見せ、オーウェンの人生について詳しく伝えた。皆、ウィリアムズの話に耳を傾け、涙を浮かべ、「君の邪魔はしないよ」と、つまり、自由に映像を使わせてくれることになった。同席していたロンは、この日を、「ディズニーの幹部を泣かせた日」と名付けたという。

映像と音声でキャラクターと一体に

 本作では、実際の映像と写真の間に、ディズニー映画やオーウェンが描いた絵のアニメーションが巧みに織りこまれ、観客を物語の中に引き込む。オーウェンのインタビューでは、話し手の視線を正面から捉える撮影技法を使い、まるで本人と向き合って会話しているような錯覚を起こさせる。さまざまな映像、音声の技術を駆使して、オーウェンがディズニーのキャラクターたちと一つになる感覚を、わたくしたちも視覚的、聴覚的に共有することができるのだ。ドキュメンタリーの持つ力を最大限に引き出していると感じた。

 この効果的な演出には、ウィリアムズ監督の幼い頃の映画体験が原点にあるという。当時、彼の家の近くには、「ドライブイン・シアター」といって、駐車場に巨大なスクリーンが設置され、車に乗ったまま映画を鑑賞できる施設があった。まだ運転はできない子供だったが、友達と一緒にその施設の柵を越えては、芝生の上に寝転びながら、巨大なスクリーンと音響に視覚、聴覚を刺激され、没入したように映画を見ていたという。

 「僕はそうやって、自分たちを変えてくれた映画の魔法というものを体感した。星空の下で……」と、思い出を話してくれたウィリアムズは、まるで少年のように瞳をキラキラさせていた。今でも忘れられないその没入感を体感してもらえるよう、劇場鑑賞のための映像とサウンドデザインにこだわった。「ドライブイン・シアターは消えてしまったが、日本はノスタルジーを上手に形にする国だから、ぜひ復活させてトレンドとして発信してください」というウィリアムズの郷愁は、わたくしにとっても、若かりし頃の記憶である。(小川陽子 医療ジャーナリスト)

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ogawa_yoko_prof

小川陽子(おがわ・ようこ)
 東京生まれ。日本医学ジャーナリスト協会副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。医療ジャーナリスト、医療映画エッセイストとして活動。“シニアによるヒップホップダンスへの挑戦”というテーマで話題になったドキュメンタリー映画『はじまりはヒップホップ』(2016年日本公開)のメンバー(平均年齢83歳)を日本に招き、湖山医療福祉グループ・カメリア会の特別養護老人ホームで交流イベントを行うなど、映画のイベントプロデュースも手がける。高齢者住宅新聞で、「ヘルスケア×カルチャー 変貌する医療と福祉」連載中。 

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1件 のコメント

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自分の中の好奇心や表現方法を育むために。

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

突然言葉を失った・・・までの経緯が気になりますね。 頭の中の思考や感情の回路と表現の回路の不具合なのでしょうけど、それが精神的なストレスによって...

突然言葉を失った・・・までの経緯が気になりますね。

頭の中の思考や感情の回路と表現の回路の不具合なのでしょうけど、それが精神的なストレスによって断絶されたのか、何らかの炎症などの影響で失われたのか?
そして、それまでの発達の傾向なんかも、周囲や主治医の診断に影響を与えたことでしょう。

生命そのものだけでなく、好奇心という生きる意味も大事ですね。
ディズニー以外では無理ということもないのでしょうが、大手の映像産業の研究の成果は侮れないものがあります。

自分の中の新しい人格や表現方法をどう育んでいくかは、子供だけではなく、大人にとってもテーマです。
そういう角度で見ると、より多くの人にとって意味のある話に見えます。
僕も学会のサッカーでの出会いで、スペイン語とかドイツ語とかのカタコトだけでなく、言葉の成り立ちや歴史との相関を勉強しました。
やりたいこと、わかりたいこと、そういう目標があれば、生き生きとできる人も増えるでしょう。

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