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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援 五島朋幸

医療・健康・介護のコラム

車いすだと食べづらい。食事は普通のいすがいい

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 診療室に1本の電話が入りました。「橋本貞三(仮名)(86)の家内でございます。覚えておられるでしょうか」

 名前に聞き覚えはあったものの、すぐに顔を思い出せませんでした。返答にちょっと間があいたので、察したのか、「3年ほど前にお世話になりました下落合の橋本でございます」と言われて、ご本人や家、奥様の顔も思い出しました。

 「大変ご無沙汰しております」

 「こちらこそご無沙汰しております」

 橋本さんの自宅は大きな一軒家で、庭も立派だった記憶がよみがえりました。 

 「実は主人、あの後施設の方にお世話になることになりまして」

 「そうなんですね」

 「最近また入れ歯が調子悪いと申しまして。先生に施設に来ていただくことは可能でしょうか」

  「場所はどちらでしょうか。お近くでしたら問題ありませんよ」

  「新宿区内なんですが」

  「もちろん大丈夫です!」

施設に移ったら、髪はボサボサ、食べこぼしも多く

車いすだと食べづらい。食事は普通のいすがいい

 数日後の昼、施設に赴くと、玄関前で橋本さんの奥様が待っていました。

 「先生、遠方からどうもありがとうございます」

 「いえいえ、大丈夫ですよ。橋本さん、お元気なんですか?」

 「まぁ、年ですから大分衰えておりますが、なんとか」と言って、施設の中に入っていきました。奥様から施設の職員の方を紹介され、3階に行きました。エレベーターのドアが開くと広いフロアに30人ほど。多くの方は車いすに乗ったまま、テーブルについて昼食を食べています。奥様の後について窓際のテーブルへ行くと、4人の方が車いすに座って食事をしていました。

 「あなた、五島先生よ。覚えてる? 入れ歯を治してくださった先生よ」と声をかけた瞬間、「あっ!」と思いだしました。自宅では、体調が悪くてもいすに座り、普通にテーブルで食事していました。

 車いすで食事をする橋本さんの姿は別人のようでした。髪はボサボサ、メガネは斜めになり、ピンク色のビニールのエプロンを付けられ、回りには食べこぼしがいっぱい。食器に入った食事をスプーンですくい、口元にゆっくりゆっくりと運ぼうとするその間に、スプーンからこぼれています。見るからに食べにくそうで、動作はゆっくりです。

車いすではテーブルが遠いので、食べこぼしが増える

 実は、施設に移った方を訪問すると、印象が一変してしまうことがよくあります。橋本さんの場合、自宅では、奥様が身繕いまで細かく気をつけていたのでしょう。施設ではそうはいきません。

 食べこぼしが多くなる要因はいくつかあるのですが、大きな問題は、車いすで食事をしていることです。特に、一つのテーブルを4人で囲むような形になると、「食べづらい環境」になります。ポイントは大きく2つ。足置きとひじ掛けが問題なのです。

 皆さん、一般的な車いすの足置きの位置を想像してみてください。足の位置は膝よりもやや前方にあります。皆さんが食事をされるとき、足を前方に投げ出して食べていますか? 通常は膝の真下か内側にあります。やってみるとわかりますが、この姿勢になるだけで、食べにくくなります。

 それから、テーブル。大きければいいのですが、一般的なサイズで車いすの方が2人ずつ向かい合うと、足置きがぶつかって、テーブルに十分に近づけないという事態が生じます。

ひじ掛けも邪魔

 そして、ひじ掛け。ひじを休めておくためにはいいのですが、食事をする時には、ひじの動きが制限されるので動かしにくくなります。小柄な方には、ひじ掛けの位置が高すぎて、ひじを置くと肩まで上がってしまいます。それだと不自由なので、ひじ掛けの内側にひじを入れ、すぼまった状態で食事をされる方もいます。また、一般的なテーブルの高さでは、車いすのひじ掛けとぶつかってしまい、中には入れません。結果的に食器と口の位置が離れて、食べ物をこぼす方が多くなってしまいます。

 車いすは移動のためにできているもので、食事をする時に座るには向いていません。施設などでは、車いすで食事をされている方をよく見かけますが、いすに腰かけたら食べやすくなる方もいることは知っておいてほしいですね。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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1件 のコメント

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とても参考になりました。

りんご

車椅子での食事のコラム、なるほど、本当にそうだな!!と思いながら読みました。 食べることは本当に楽しいものですから、せっかくの食事の時間は 楽し...

車椅子での食事のコラム、なるほど、本当にそうだな!!と思いながら読みました。
食べることは本当に楽しいものですから、せっかくの食事の時間は 楽しくおいしく過ごしてほしいものです。施設での車椅子からいすへの移動は、忙しくてできないという意見もあるかもしれませんが もしかしたら きちんといすに移動して食べることにより食べこぼしや介助の手間が減り 入所者の方にとっては食べやすくなり、介護の方は手間が減りお互いに良いと思います。”車椅子は移動のためにできているもの”とはまさにそのとおりで この気づきをもっと広められたらいいなと思いました。

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