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心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」

コラム

不倫、退職…やっと幸せを手に入れた32歳女性 なぜプロポーズを受けた直後に飛び降りたのか?

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「私に関わった人はみんな不幸に」

 「意識が戻りました!」と、S子さんの家族から連絡があったのは、飛び降りた1週間後だった。彼女からくわしい事情が聞けたのは、さらに1か月後のこと。骨折などへの対応が一段落し、松葉 (づえ) で外来を受診した時のことだった。

 「プロポーズされた時は、とてもうれしかったんです。ああ、こんなすてきな人が私を愛してくれたんだって。これほど幸せな気持ちになったのは生まれてはじめてでした。でも、翌日になると急に怖くなりました。私のようなダメな人間が幸せになれるはずがない。今まで私に関わった人はみんな不幸になってきた。彼のようなすてきな人が私と一緒になったら、不幸になってしまう。私には彼を不幸にする権利なんかない。そう思えました」

 プロポーズをいったん受けたけれど、やはりお断りしたい。何度伝えても、彼は納得してくれなかった。「ほかに何か理由があるのではないか? 好きな人がいるならあきらめる。でもそれ以外なら、どうしてもあきらめられない」と。

 「彼の誠実さが身にしみました。私はすごくうれしかったけれど、とても不安でした。気持ちが千々に乱れて、どうしていいかわからなくなりました。そしてあの夜、ふと、『やっぱり、私がいなくなるのが一番よいことだ』と思ったんです。そう思い始めたらもう止まらなかった。ふらふらと部屋を出て、気がついたら飛び降りていたんです」

家族を失ってきた過去が…

 それを聞いて、私は、彼女の生い立ちについて以前聞いた話を思い出した。

 彼女の両親は仲が悪かった。父親は女性関係にだらしがなく、母親との口論が絶えなかった。しかし、S子さんはやさしい父親が大好きだった。彼女がほしいと言う物を、母親に内緒でよく買ってくれた。そして、家族で遊園地に行った楽しい一日のあと、父親は姿を消した。彼女は泣きじゃくって父を探したが、もう二度と会えなかった。

 母親は神経質な人で、S子さんに厳しかった。「父親に顔がよく似ている」と、さんざん嫌みを言われた。3歳年上の兄は、おとなしくて頭が良く、母親の宝物だった。東大に入れる頭だと、母はよく自慢していた。だが、大学受験に2度失敗。無理を重ねた受験勉強のあとで自分に絶望し、部屋で首をつった。家族3人で「残念会」を開いた直後のことだった。

 母親は廃人のようになり、S子さんを責め、自分を責め、酒を飲んではグチをこぼす毎日だった。S子さんは、愛する家族を次々に失い、「自分のような人間が幸せになってはいけない」という信念を抱くようになった……。

「自己評価」を引き上げること

 飛び降り事件が一段落したあとで、S子さんと話し合った。

 人生において、「自己評価」がとても大切なこと。「自分はダメな人間」「まわりを不幸にしてしまう」「私なんて生きている価値がない」……そういうふうに「自分」を規定してしまうと、ますます「不幸」が続くようになる。

 S子さん自身の持つエネルギーレベルは決して低くない。いや、むしろ十分なエネルギーがあるからこそ、誠実で真面目な彼から、「プロポーズ」という形の「評価」をもらえたのだ。

 だから克服すべき課題は、「自己評価」を自分にふさわしいレベルに引き上げること。そのために、彼と同様、私たちもまた協力を惜しまないと時間をかけて話した。

 それから1年。二人の結婚式の披露宴に招待された。

 「今度は大丈夫?」

 という私の問いかけに、彼女は笑顔でこう答えてくれた。

 「実はまだ、わからないんです。でも、わからないと言っていいんだと思えた。それを許してくれる人だということがわかったんです。そういう人からプロポーズされたんだから、私もまんざら捨てたもんじゃない、そう思えました。先生、これまで、本当にありがとうございました!」と。(梅谷薫 心療内科医)

 *本文中の事例は、プライバシーに配慮して改変しています。

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梅谷 薫(うめたに・かおる)
 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

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2件 のコメント

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不幸や習慣との共依存とどう向き合うか?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

孟母三遷の教え、というものがありますが、環境とか習慣のもつ依存性は怖いものです。 ベトナム戦争後のPTSDが知られていますが、生命の危機と結びつ...

孟母三遷の教え、というものがありますが、環境とか習慣のもつ依存性は怖いものです。
ベトナム戦争後のPTSDが知られていますが、生命の危機と結びついた習慣や感覚は中々とれません。
あるいは、自閉症スペクトラムなんかの一部とも関係があると思います。
それが、先天的なものか、後天的なものか、両方か、いずれにせよ、心身の安定がいわゆる不幸であることと結びつくと難解で解決困難です。
逆に、そんな事を知らない、気づかない人の方が良いのかもしれませんね。

さて、芸能界のお笑い芸人の比率が上がって久しいです。
制作費や人件費の兼ね合いもありますが、人が現実に疲れているからではないかと思います。
実際、世の中なんてそんなものですから、教養としてのお笑いも大事だと思います。
なんでもお金と笑いに変えてしまった方が、まだましですよね。

なんでも真面目にやれば幸福になれるわけでもありません。

そういう考えやコミュニケーションは、常識的ではないので、それがまた難しい事ですが、医療やカウンセリングも相性に合わせたチームプレーにすればいい結果になる確率が上がると思います。

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せと

おめでとうございます。 どうぞお幸せに! ハッピーエンドでほっとしました。

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