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田村専門委員の「まるごと医療」

コラム

医療におけるAIの活用に伴う社会的、倫理的課題。患者・市民、医療者が架空事例を基に議論

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 AI(人工知能)を医療に活用する上で、どのような社会的、法的、倫理的な課題があり、それをどう解決しなければならないか。厚生労働省の研究班がこのほど報告書をまとめた。

 まずは、報告書で示されたある架空の事例を紹介しよう。原文は長いため、一部省略、改編した。

医師はAIが提示したプランを参考に治療方針を示したが…

 32歳の金融マン。腹部の症状などで受診した医師の紹介で、専門医のいる病院を受診。その病院では、あるAIシステムを運用していた。このシステムには、男性が最初にかかった医師のもとでの診療録を含め、今回の症状に関する彼の電子カルテのすべての内容が取り込まれた。

 男性はステージ4の (すい) がんであり、このシステムから男性に関する治療プランが示された。専門医は、こうした情報を男性に伝え、選択された治療プランを彼に知らせて、がん専門病院に入院させ、直ちに化学療法を開始することにした。

 男性は、専門医が自分に時間をじっくりとかけてくれていることも、強く共感を示してくれていることも感じた。しかし、化学療法を受けることには困惑しており、決断を急がされているとも感じていた。

 彼は自分が病院のベッドに拘束され、髪も尊厳も奪われる姿を想像した。男性の出身地域では、家庭環境や文化的な背景からは、そのような姿で家族の前に自分をさらすことは大きな苦痛であり、受け入れがたいものであった。同じ出身の家族や知り合いが病院に見舞いに来れば、関わった人全員を不快にさせるであろうことも分かっていた。

 彼は、ほかの治療選択肢を医師に尋ねたが、医師はこれが最善のコースであるといって取り合ってくれない。男性は、この医師の価値観が自分と全く異なっていて、何を言っても理解しないであろうことを認識するようになった。2日後に迫った入院のための説明・打ち合わせが予定されていたが、彼は来院しなかった。

架空事例を作成し、市民を交えた議論の題材に

 報告書には、この話を含め、医療とAIに関わる11の「架空事例」が示されている。研究班の報告書としてはひと味違った書きぶりで、まだ実像がはっきりつかめないAIというテーマを議論の 俎上(そじょう) に載せるための工夫と苦労が感じられる内容だ。

 研究班代表者で東京大学医科学研究所准教授(生命・医療倫理)の井上悠輔さんは、「医療現場での『人工知能』は、ニュースでもたびたび取り上げられるようになったほか、テレビドラマの題材としても頻繁に登場するようになった。まだ多くが開発段階だが、市民・患者側にもこうした言葉や一定の発想が浸透しつつあり、期待も大きい。その一方、この『人工知能』という言葉は人によって理解がまちまちであり、一人歩きして誤解や混乱を招く可能性もある。一般の市民の方や将来のユーザーとなる医療者の視点も交えて、議論を深めるべく、様々な状況を想定した架空事例を作成し、議論の材料として示した」と話す。

 架空事例はほかに、病気の予後予測プログラムの結果を患者にいかに共有するべきか、医師は「メリットはあるが完全ではないAI」にどう向き合うべきか、AIを嫌がる患者に対してどのように説明すべきか、臓器移植の提供先決定にAIはどう介在するべきか、AIを売りにした健診で後になって判明した見落とし、最新バージョンに更新されていなかったソフトウェアでの誤診――などの例が示されている。

 冒頭の事例をはじめ、AIに特有の問題というわけではなく、新しい技術をどう医療現場に取り入れていくかに広く伴う問題という面もある。

 実は、海外では、医療におけるAIという言葉そのものについて、言い換えを模索する動きもあるというのだ。

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田村 良彦(たむら・よしひこ)

 読売新聞東京本社メディア局専門委員。1986年早稲田大学政治経済学部卒、同年読売新聞東京本社入社。97年から編集局医療情報室(現・医療部)で連載「医療ルネサンス」「病院の実力」などを担当。西部本社社会部次長兼編集委員、東京本社編集委員(医療部)などを経て2019年6月から現職。

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AIとITを使いこなせない人は不要なのか

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

データやコミュニケーションで欠けた情報を補いながら診療行為は行われます。 一方で、高難易度のケースには積み上げられた膨大なデータや知識との付き合...

データやコミュニケーションで欠けた情報を補いながら診療行為は行われます。
一方で、高難易度のケースには積み上げられた膨大なデータや知識との付き合いに難渋しているのが多くの普通の医師や看護師の現実でしょう。
少々偏差値的に優秀な人間がトレーニングしたところで、もはや多くの人間はコンピューターに勝てません。
それは有名なコンサルタントが何年も前から指摘しているように、「知識やデータの蓄積ではもはやICチップに負ける。その中で、多くの人間はいかに稼いで生活していくか。」

その中で、コンピューターとは使い使われる関係になって行きます。
それができない人は、それができる人間と信頼関係や利害関係を築いていく必要があるだけのことです。

本文での診療拒絶の患者も、代替案をパソコンから引き出せなかった医師との信頼関係を築き損ねただけに過ぎません。
科学的合理性と習慣や文化の合理性の乖離に対して、より柔軟な説得方法やプランBやCが提示できなかっただけ。
そして、どんな医療にも間違いや不確実性があるという事実や感情への配慮の欠如。
ある面での非合理性が、別の面で合理的であるというだけの話ですけどね。

画像診断のAIも、それが優秀すぎる教師データを呑み込み過ぎた後は、その内容を普通の医師や放射線科医が理解できるかという課題があります。
医師さえ理解困難な診断治療を、普通の患者さんが必ずしも納得できるとは限りません。
自分も複雑すぎる先端医療の勉強を重ねるほどに、普通の健診や内科の手伝いの時に余計な事を考え過ぎてしまうことがあります。
患者はそれを求めていないし、自然治癒力の誤差範囲に収まる程度のことなのに。

そういう意味でも、AIやITにより医療機関や医療人、患者の在り方も含めて全てが変わっていくのだと思います。
スポーツ科学の進歩とボールの軽量化が、アマチュアも含めてサッカー選手の寿命を大幅に伸ばしたように。

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