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食べること 生きること~歯医者と地域と食支援

健康・ダイエット

表情が出るようなら口から食べられる

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 ケアマネジャーさんからの依頼で訪問することになった木田総一郎さん(91)。 誤嚥(ごえん) 性肺炎で入院し、よくあることですが、病院では食べ物、飲み物を一切口にすることは許されませんでした。ほどなく胃ろうを作られ、体調が落ち着いてきたので退院してきました。ただ、同居する娘さんには「少しでも口から食べさせたい」という強い思いがありました。

 お宅を訪問し、介護用ベッドに横になった木田さんのお口を拝見しました。差し歯やブリッジなどはあるものの、ほとんどがご自分の歯。ベッドを起こして、食べるための筋肉をほぐすために、顔の周囲のマッサージから始め、ブラッシングも念入りに行いました。

「立派な歯ですねぇ」の言葉に91歳はニヤッ

表情が出るようなら口から食べられる

 「立派な歯ですねぇ」と言うと、木田さんはニヤッと笑いました。この表情を見て、「じゃあ、僕が持ってきたゼリーがあるので食べてみましょう」とゼリーをスプーンですくい上げました。

 驚いたのは娘さんです。「えっ」と軽い声をあげました。病院では口から食べる危険をさんざん聞かされていたのでしょう。それなのに、訪問歯科医はいきなり食べさせるのですから、驚くのも無理はありません。

 「木田さん、リンゴ味です。匂いはどうでしょう?」とスプーンを鼻のそばに持っていきました。分かったかどうかは分かりませんが、一生懸命に匂う 仕草(しぐさ) をされました。

 「さあ、いいですか、お口を開けてください」と言うと軽く口を開けたので、スプーンをスッと口の中に入れて「唇を閉じましょう」。唇が閉じた瞬間、スプーンを引き抜きました。口がモグモグと動き、ゴクッ。すると大きな声で……。

 「あぁ~」

 「お父さん、おいしかった?」

 「うめぇ~」

笑顔を浮かべるのは刺激に反応している証し

 食べさせることが可能かどうかの判断は、20年余りの経験で身につけてきたことです。歯をほめると、木田さんは「ニヤッ」と笑いましたが、ここが大事なポイントです。マッサージや歯磨きで刺激した後で、笑顔などの表情が出るのは、刺激に反応しているということなのです。こういう方は、姿勢を整えて、飲み込みやすいゼリーを口に入れてあげれば、筋肉が自然に反応して飲み込むことができるのです。「うめぇ」なんて言葉が出るのは、さらに高い機能を維持していることを示しています。

 歯磨きは、口の中の刺激だけではなく、口の中をきれいに掃除して、細菌を飲み込む危険を減らすために行います。娘さんは、歯磨きをしたら、いきなり食べさせたように感じたようですが、歯科医としてはこうした判断をしています。状態が良くない患者さんだと、話しかけてもボーッとしていて表情は変わりません。そうなるとすぐに食べさせるわけにはいきません。

リハビリのためにも栄養が必要

 長年の経験から患者さんの状態によって、どう対応すればいいか判断できるようになりましたが、始めはこうはいきませんでした。

 まず、診査をしてから食べるためのトレーニング、そして、ちょっと上向いたらゼリーなどを食べてもらう。もう少し良くなったら、もうちょっと形のあるもの、と段階を踏んで進めていました。結果的に訓練だけで食べられずに亡くなる方もいました。今は、身につけてきた判断を食支援の仲間と共有することで、一人ひとりに合った対応をできるようにしています。

 この20年余り患者さんを見ている中で、学んだことはもうひとつあります。「リハビリテーション栄養」という言葉を知ったことです。リハビリテーション医学を専門にする若林秀隆先生が提唱するこの言葉は、「栄養状態が悪いのにリハビリテーションをしても、効果はないどころか悪化する可能性もある」ということです。

 自分がやっていることを振り返って、ぞっとした記憶があります。骨折などのリハビリテーションをする方であれば、しっかり口から食べられます。しかし、口から食べられない障害をお持ちの方のほとんどは栄養状態が不良です。それにもかかわらず、首の筋肉や舌のトレーニングを行ってきました。リハビリをするための栄養をつけるために、経過措置として胃ろうや管を使った栄養摂取も必要なことだと考えるようになりました。

経過措置なら胃ろうも役に立つ

 木田さんも栄養状態は十分ではありませんでしたが、胃ろうである程度の栄養を取っていたので、順調に口から食べることができるようになったとも言えます。「胃ろうをつけたら外せなくなる」ということで、つけるかつけないかが議論になっていますが、口から食べるリハビリのための経過措置と考えて利用するなら、胃ろうは役に立つと思います。

 この仕事を続ける中で、ひとつの覚悟を持つようになりました。「食べたい」と言っている方には、なんとしても食べさせる方法を考えるということです。「死んでもいいから口から食べたい」と言う言葉を何度となく聞いてきました。在宅歯科医の目標は、そうした患者の願いを安全にかなえることだと思っています。(五島朋幸 歯科医)

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五島朋幸(ごとう・ともゆき)
歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など

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1件 のコメント

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感動しました

口から食べることは生きること

歯科医師が患者さんの飲み込み機能の評価を行ってらっしゃる事に感動を覚えました。 私はアメリカで臨床栄養士をしています。担当している患者さんの多く...

歯科医師が患者さんの飲み込み機能の評価を行ってらっしゃる事に感動を覚えました。
私はアメリカで臨床栄養士をしています。担当している患者さんの多くは人工呼吸器のサポートを受けていますが、中にはたくさんの方が意識あり、意思の疎通を図ろうとしている方々も見受けられます。
こちらでは医師の処方箋で、言語聴覚士が飲み込み機能の評価をし、訓練を行い、栄養士と連携して飲み込み機能に合わせた食形態の経口治療食を提供します。経口で栄養補給が充分取れる場合は、胃ろうは中止。少量でも食べられる場合は少量の、適切な食形態の食事を提供します。
おっしゃる通り、口から食べることは生きること。そして、生きようという希望にもなります。それは、患者さんご本人だけでなく、周囲の大切な方々にも励みになることです。私達は医療従事者は、その『出来るんじゃないか』というサインを見つけたら、適切な方法で評価、再評価を行い、リハビリを通して機能向上をお手伝いすることが役割だと思っています。

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