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石飛幸三の『人生の最期をどう迎えるか』

コラム

「1日1500キロカロリー」は誰のため? 外科医だった私が「平穏死」を唱えたわけ

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「高齢者の現実を見たい」と特養の常勤医に

 私が介護施設の医療について考えるようになったのには、それなりの経緯があります。外科の医者として半世紀、体の部品修理に専念してきましたが、還暦が近づくにつれ、身体的な衰えを感じるようになりました。体を修理することにも限界があることや、有限の命に対する心構え、仏教で言えば悟りの境地について考えるようになり、高齢者の現実はどうなっているか見てみようと、特別養護老人ホームの常勤医になったのです。

 特養に来て、最初に深く考えさせてくれたのは「三宅島の 看取(みと) り」の話でした。2000年の三宅島の噴火で、85歳の認知症の女性が息子さんと避難し、芦花ホームに入所されました。入所して5年が過ぎた頃、 誤嚥(ごえん) を起こして病院で肺炎の治療を受けました。その入院先の医師から、すでに三宅島へ戻って働いていた息子さんに電話がありました。「お母さんはもう自分の口で食べることはできません。胃ろうをつけます」

「島では、食べられなくなったら水を置くだけ」

 息子さんは電話で懇願しました。「母はもう寿命です。お願いです。手術はしないでください」。1週間後、息子さんは島から船で竹芝桟橋に着き、病院からホームに戻っていたお母さんに会いました。

 お母さんは胃ろうはつけられていませんでしたが、鼻から胃に管を入れられ、水分と栄養が強制的に補給されていました。そんな母親の姿を見て、息子さんは私の前で泣きながら言いました。「島ではこんなことはしません。年寄りは食べられなくなったら、傍らに水だけを置いておきます。生きる力が残っていれば、自分で手を伸ばして水だけ飲んでも1か月は生きます」と。

 80年生きていれば4回は噴火に遭うといわれる、厳しい三宅島の自然を生きてきた人びとは、静かに自然に (かえ) ることを学びつないできたのです。

 一方、当時の芦花ホームでは「1日1500キロカロリー」の水分と栄養をとってもらうために、介護士たちが懸命に働いていました。経鼻胃管の栄養チューブや胃ろうの人にも、決められた量の液体状の栄養が看護師によって与えられていました。高齢者の命を少しでも長く引き延ばすためです。

 しかし、私は息子さんの話を聞いて、ご家族が望まない、このような医療を行う必要がどこにあるのだろうかと疑問に思いました。

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石飛幸三(いしとび・こうぞう)
 1935年、広島県生まれ。慶応大学医学部卒。ドイツのフェルディナント・ザウアーブルッフ記念病院、東京都済生会中央病院で血管外科医として勤務。プロ野球投手の手術も多く手がけた。2005年12月より、世田谷区立特別養護老人ホーム・芦花ホーム常勤医。10年に「平穏死」を提唱し、反響を呼ぶ。著書に「『平穏死』のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか」(講談社)、「『平穏死』という選択」(幻冬舎ルネッサンス新書)、「『平穏死』を受け入れるレッスン」(誠文堂新光社)、「穏やかな死のために 終の住処 芦花ホーム物語」(さくら舎)など。

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