リングドクター・富家孝の「死を想え」
医療・健康・介護のコラム
「心不全」「呼吸不全」、訃報欄にあるけど、本当の死因は?
私は、医者の常として新聞の「 訃報 欄」(死亡記事)をよく読みます。葬祭業者も訃報欄を熟読していると思いますが、医者の読み方は葬儀業者とは違います。医者が興味を持つのは、もっぱら故人の死因です。
それで、近年感じるのは、発表される著名人の死因が主な原因疾患ではなく、死の状況を示すだけになったことです。皆さんご存知のように、日本人の死因の第1位は「がん」で、10人のうち約3人ががんで亡くなっています。ところが、訃報の死因にがんはあまり登場しません。「心不全」や「呼吸不全」が目につきます。
芸能人は「がん」と報道されるけど……
テレビに登場する芸能人の場合、最近はがんを公表することが多くなったので、亡くなった場合は、たとえば「乳がんのため」などと報道されます。昨年亡くなった樹木希林さん、加藤剛さん、さくらももこさんなどは、いずれもがんが死因として伝えられました。がんの治療が仕事に影響せざるを得ないので、隠さずに公表することを選択する面もあるでしょう。一方、経済人や学者などその他の著名人の場合は、死因としてあまり、がんを公表しません。
一般的に、訃報欄の死因は、役所に提出された死亡診断書に書かれている死因か、あるいは遺族が公表した死因が使われています。そのせいか、「心不全」とか「呼吸不全」が目につきます。それで「心不全や呼吸不全というのはどういう病気ですか?」と質問されることがあります。
前立腺がんの末期でも発表は「心不全」
心不全は、病気の名前ではありません。心臓になんらかの異常があり、機能低下によって、体に血液が行き渡らなくなった状態を言います。血液が行き渡らなくなると、内臓を含めた組織が徐々に 壊死 して死に至ります。心不全に至るまでには、先に心筋 梗塞 、弁膜症、心筋症などの心臓病があるわけです。
また、呼吸不全も、呼吸の力が低下して酸素を全身に送れなくなる状態を示したもので、その原因としては肺炎や肺がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などがあります。心不全も呼吸不全も直接の死因ではありますが、その人の死のイメージをあいまいにする効果があるかもしれません。
「あの方、僕の患者さんで、前立腺がんが転移して亡くなったけど、新聞を見たら死因は心不全になっていた」と知り合いの医師が話していました。死因が「心不全」とされるか、「前立腺がん」とされるかで、死のイメージが違ってはこないでしょうか。
心不全は死因として使いやすいのか、肺がんなどの末期で死亡したケースで使われることがあります。つまり、心機能の低下を言う「心不全」の裏側には、さまざまな本当の死因( 原 死因)があるわけです。
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死の三徴候を司る脳、心臓、肺がそれぞれ機能停止しても人は即座には死にません。 それは、科学の進歩によるものです。 一方で、不可逆的な変化は後遺症...
死の三徴候を司る脳、心臓、肺がそれぞれ機能停止しても人は即座には死にません。
それは、科学の進歩によるものです。
一方で、不可逆的な変化は後遺症や致死的な影響を与えます。
(可逆か不可逆かの境を操る再生医療に様々な人の関心やお金が集まる理由でもあります。)
本文にもある通り、主たる原因と思しきものは限られてくる一方で、そこからさまざまな病気のメカニズムの回路を通して、人は死に向かいます。
それが生理的な加齢変化か病気によるものかの判別の難しいものも含めて。
新人医師がよその病院の死亡診断書で難渋することもよくあります。
その時に、目に見える、わかりやすい疾患名を記載がちなのもよくあります。
肺炎、心不全、急性循環不全、その他。
本当にその通りかというと、特に慢性期の疾患が複数重なるごとに書いている本人も疑念が残る場合はあります。
画像診断のフィルムには様々な情報が写りますが、全てをひっくり返すわけにもいきません。
それでも、限られた時間と、現場や地域の常識にある程度乗っ取って処理しないといけません。
新しい抗癌剤の副作用のメカニズムの難解さも学会で発表されていますし、それらの一部は画像診断で可視化されています。
このような新規の治療方法の出現によってますますカテゴライズが難しくなるのではないかと思います。
それでも、データや統計よりも人の命やQOLの方が基本的には優先されるべきで、逆に言えば、そういう部分を少し差し引いてデータと向かい合う態度が医療関係者には必要なんじゃないかと思いますし、あるいはカルテやデータを解析し直す仕事も今後必要なのかもしれませんね。
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