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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

医療・健康・介護のコラム

「運転はやめて」と言うと、免許証を抱えて布団にもぐった父…1年間に及ぶ格闘の結末は?

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「免許を渡せ」「いやだ」と怒号が響く修羅場

 これを知った私は、家族に協力を求めたが、「そんな強引なこと」「本人の意思に反して生きがいを奪うなんて」などと反対された。その気持ちもわかるが、そもそも認知症では運転をしてはいけない上、私は事故を起こされるほうが怖かった。本人の意志に反した方法なのでトラブルも多いようだが、先日の医師にその手続きをお願しようと決意した。

 そんな時、父がスーパーの駐車場で、他の車に軽くこする事故を起こしたことが発覚。ようやく妹夫婦も本格的に父を説得してくれ、その時は父も「運転はやめる」と言ったそうだ。ところがその翌日、気が付くとまた車がない。そのことを伝えると、妹夫婦が家にすごい勢いでやってきた。

 「もう運転しないって言ったよね」と妹。「免許証を預からせてください」と義弟が手を出すと、父は「だめだ!」と言って自室に逃げた。免許証を持って布団にもぐり、「絶対に渡さない」と粘る。「渡せ」「いやだ」と怒号が響く修羅場を見ながら、「人をひいてしまうほうが本当の地獄」と、逆に冷静になる自分がいた。

「もう運転はやめます」

 この直後、事は意外な形で終わりを告げた、少し前からピック病の疑いが指摘されていた父は、認知症の専門医を受診した時、ベテランの男性医師から「壁や車にこすったらやめどきですよ」と告げられた。すると、父は無表情で、「もう運転はやめます」とぽつり。

 保守的な父だけに、ベテランの男性医師から言われたことが効いたのだろうか。私たちとの言い争いに疲れた上、軽い事故を起こしたことが自分でもショックだったのだろうか。それは、あっけないほどだった。本格的に運転をやめさせようとしてから約1年後、ようやく家から車がなくなった。

 それから父は歩いて買い物に行くようになり、7か月後に転倒から額に大けがをする不運に見舞われた。しかし、人を巻き込んだわけではないし、今では小規模多機能型居宅介護事業所に通所するなど、人の目のある生活になり、「災い転じて福」となったとも思っている。

 振り返ると、運転をやめさせようとしていた間、父が人を巻き込む事故を起こさなかったのは、運がよかったとしか言いようがない。「せめて免許更新が3年でなく、1年だったら」などと思うことも多かった。今の私だったら、強制的な処置を医師に頼んだと思うし、早い段階で車を破壊する行動に出ていたかもしれない。

 高齢者の運転については、「生きがい」「生活の足」といった様々な事情はあるだろうけど、とにかく認知症と診断されたら運転してはいけないと道路交通法で決まっていることが関係者に周知され、家族の負担と心労が少しでも減ることを祈るばかりだ。(つづく)(田中亜紀子 ライター)

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。2020年5月、新著「お父さんは認知症 父と娘の事件簿」(中公新書ラクレ)を出版。

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