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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

介護・シニア

「運転はやめて」と言うと、免許証を抱えて布団にもぐった父…1年間に及ぶ格闘の結末は?

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医師は「やめさせる権限がありません」

 当初は、父に自主的にやめてほしかったので、お通夜の時のことや、元旦の話を例にとって、「もう危ないからやめて」と穏便に説得し続けた。しかし、冒頭のような言い争いになり、まったく受け付けない。認知症の疑いが強くなったこともあり、「病院に行って調べてもらおう」と言うと、さらに「俺はぼけてなんかいない、失礼だ!」と怒り狂い、こぶしを振り上げ殴り掛かってくるので、状況は悪化の一途。たぶん、認知症と診断されることが怖かったのだろう。健康診断その他、いっさい病院に行くことを拒むようになった。

 かかりつけの医師に相談しても、「病院に来てくれませんと……」と言うだけ。男親を力づくで引っ張っていくのは無理だ。そうしている間にも、父は一日に何度も車で出かけ、家で仕事をしている私はそれを見て、精神的にどんどん追い込まれていった。

 でも、とにかく病院に行かせて、認知症の診断が出さえすれば、運転はやめさせられると信じていた。その時の私は、まだ考えが甘かった。

 7月になり、父はようやく、妹の夫の付き添いで病院に行くことを了承。かかりつけ医の紹介で市民病院の神経内科の医師に見てもらったところ、やはり認知症と診断された。

 この日、私は、義弟に医師への手紙を託していた。これまでの父の行動を列記し、運転の卒業を説得してくれるよう頼む内容だった。義弟が診察の様子を録音した音声を聞くと、認知症の診断が出た後、「私に権限はありませんが」と前置きしながら、「運転はおやめになったほうがいいと思います」と軽く言う女性医師の声が入っていた。その後、「運転はやめません。自分のことは自分が一番わかっています」と、いつもは私に言う父のセリフが続き、その話題はそこで終わっていた。

 その日帰宅した父は、私が「認知症ってわかったんだから、もう運転はやめて」と言っても聞く耳を持たず、医師に宣言したとおり、堂々と車で出かけた。病院に行きさえすれば……と長い間、心のよりどころにしていたのでショックが大きかった。

 この医師は、次の診察でも「運転をやめることも考えましょう」と優しく告げるだけで、いくら説得をお願いしても、「権限がありません」というばかり。ほとほと困ってしまった。役所の職員やケアマネジャーさんに頼んでも同じだった。

県の公安委員会に相談すると

 親戚や妹にも「とにかく説得して」と頼み、一度か二度は試みてくれたが、父と同居する私とは温度差があった。必死の私に「大げさだ」と言う人もいた。運転をやめさせるヒントが欲しくてインターネットで検索すると、17年の段階では「車を破壊しよう」とか「鍵を川に捨てよう」などという話ばかりが目に付いた。今では「一理ある!」と思うが、この時はため息が出た。

 運転免許センターにも電話し、相談すると「こっちに来てくれれば説得します」と言う。免許の更新時には認知機能の検査がある。父の免許証を盗み見ると、更新まであと2年もあった。

 困り果て、別の神経内科の外来に連れて行くと、今度の医師は、長い時間を割いて父を説得してくれた。もちろん、父は聞き入れない。が、部屋を父が出ていった後、医師は私に「確か、強制的に免許を停止できる方法があったと思う」と教えてくれた。調べると、県の公安委員会が担当らしい。連絡すると、運転免許センターの「適性相談室」を紹介された。

 そこに電話し、これまでのことを訴えると、「すでにお父さまは、認知症の診断を受けられていますか?」と確認された。「はい!」と答えると、「認知症と診断されたら、もう運転してはいけないことになっています」と言い、診断した医師が父の運転を放置していることに不満げだった。そう、私はこの「認知症になったら運転してはいけない」という言葉を求めていた。

 道路交通法第103条には、認知症であることが判明したとき、公安委員会は免許の取り消しや停止ができると記されている。運転免許のある患者を認知症と診断した医師は、公安委員会に届け出ることができ、そのガイドラインもある。届け出る診断書のモデルは警察庁のホームページで見ることができる。この診断書を医師が提出すると、本人への聴聞会が開かれ、それを踏まえて免許取り消しが妥当か判断される。正当な理由なく聴聞会を欠席した場合は、免許取り消しの手続きが進められる。「権限がない」と言い続けた医師は、この法律と手続きのことを知らなかったのだ。

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。

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