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生きやすい社会に学ぶアイデア

コラム

こころが楽になる支援とは ――オープンダイアローグに学ぶ(2)本人のいないところで本人のことを話さない

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 「初回の診察時に、本人と家族を招いて対話をしました。ただそれだけで(精神科病院の)入院者数が40%も減ったのです」。

 1980年代にフィンランド西ラップランド、ケロプダス病院で始まった「オープンダイアローグ(開かれた対話)」の取り組みが世界中で注目を集め始めています。

日本の1.5倍の人たちが入院していたフィンランド

 世界で最も精神科の入院ベッド数(人口比)の多い国が日本であることを知っている人も少なくないと思います。しかもその数は、世界の約2割を占めるといわれています。もしも世界中に精神科のベッド数が5床しかなかったとしたら、5床のうち1床が日本にあるということになります。日本では、1人当たりの入院期間も長く、平均入院日数は約270日に上ります。なぜ日本には、これほど多くの入院ベッド数が必要な状況にあるのでしょうか。現在も様々な要因が議論されていますが、ケロプダス病院の取り組みは一つの考えを示してくれるかもしれません。

 実は70年代のフィンランドには、現在の日本の約1.5倍もの人が精神科病院に入院していました。

 「病院に患者さんたちが住んでいました。精神疾患をもつ人たちだけでなく身体障害をもつ人たちも入院していました」

 当時を知るケロプダス病院のスタッフにインタビューすると、こんな言葉が返ってきました。精神疾患を疑う症状があると、誰かが病院に本人を連れてきて、その場で専門職らが、入院が必要かどうかを判断。ひとたび病院に入ると、あとは何年も何十年も入院するのが普通でした。

 その後、フィンランドでも、他の西洋諸国同様に精神科の入院を減らす取り組みが進み、今ではOECD諸国と同水準になりました。なかでも、ケロプダス病院のある地域では、当時のベッド数の約5%までに減らすことができています。入院したとしてもその日数は数日間です。

入院を減らした二つのルール

くつろいだ雰囲気のケロプダス病院の1階玄関(2015年9月森川氏撮影)

 84年8月27日、ケロプダス病院では二つの取り決めをしました。

 「本人のいないところで本人のことを話さない」「病院スタッフがチームで会う」

 それまでは、精神の病を抱える人が病院に来ると、本人のいないところで本人のことが話され、その話されたことを根拠に医師ら専門職が入院するかどうかを決めていました。医師らはそれが正しいと思っていましたし、家族にとっても助けになると考えていたといいます。

 オープンダイアローグの誕生時にその場にいた心理士タピオさんは、

「20年以上入院していた患者さんがいました。本人と家族を招いて対話をしました。このとき、私はひどくショックを受けました」と話してくれました。

 家族は、入院が決まった20年以上も前のことを、まるで昨日のことのように鮮明に覚えていました。家族にとっては、その日以来、時は止まったも同然だったと感じたといいます。

 「その時初めて、私たちは、家族にとっても本人にとっても、入院までの出来事がとてもつらい体験だったと理解したのです」

 このような話は、時々聞くことがあります。

 「10歳代のときに初めて子どもを病院に連れていきました。そうしたらすぐに入院することになって、長く退院できませんでした。あれから数十年。あのとき子どもの話を聴いてくれると思って連れていきました。でも、話は聴かれませんでした。それでもあのときは、それしか方法がないのだと思っていました」

本人や家族の思いが共有され、理解される対話

 84年以降、ケロプダス病院では、初回の相談時もそれ以降も、必ず本人とその家族(可能な範囲で)を対話の場に招き、病状や診断名よりも先に、悩みや不安、その背景や気持ち、どうして相談したいと思ったのかなどを本人だけでなく、対話の場にいる全員に聴いていきました。対話の場には、医師一人の視点だけで意思決定が行われないようにと複数の専門職の声もその場に同等に置かれました。複数の考えがその場で出されることによって、状況の理解は促進し、解釈の間違いは軽減し、支援のための多様なアイデアが生まれたといいます。

 この取り組みによって入院がまったく不要になったというわけではありません。入院せざるを得ない状況にある人たちもいます。ただ、病状に対して医師1人による診断と治療方針しか存在しなかった精神科の病院の中に、本人や家族が招かれた対話の場が生まれ、それぞれの思いがその場で聴かれ、共有され、互いに理解されていった――。もしかしたらそれだけのことが、当時の精神科医療に欠けていたもの、そして、入院しなくてはならなかった状況を減らしたものの正体だったのかもしれません。

 このコラムでは引き続き、オープンダイアローグの学びを軸に、困難を抱えた人たちをどう支援していけばいいのかについて、思いを書いていきたいと思います。

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森川 すいめい

精神科医、しんきゅう

 1973年、東京都豊島区生まれ。二つのクリニックにて訪問診療や外来診療を行う。2003年にホームレス状態にある人を支援する「TENOHASI(てのはし)を立ち上げ、現在は理事として東京・池袋で炊き出しや医療相談なども行っている。10年、認定NPO法人「世界の医療団」ハウジングファースト東京プロジェクト代表医師、13年同法人理事に就任。一般社団法人つくろい東京ファンド理事。オープンダイアローグ(OD)国際トレーナー養成コース2期生。著書に、障害をもつホームレスの現実について書いた「漂流老人ホームレス社会」(朝日文庫)、自殺希少地域での旅の出来事を記録した「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」(青土社)などがある。

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