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思春期の子どもを持つあなたに

コラム

第6部 ひきこもり(下)過度にきれい好きの母親、過干渉の父親のはざまで

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自分の価値観に拘泥する親

 2学期はどんどん進んでいきます。A君は相変わらず学校に行かず、自宅のトイレに引きこもりがちでした。さらに、クリニックにも通院しなくなったことで、両親の不安がますます高まっていったのは当然です。

 特に母親は、A君の将来を悲観するようになりました。

 だからといって、今のA君にクリニックに通うことを無理強いすると逆効果になる可能性があります。私は両親に伝えました。

 「この年頃の子どもは『親離れ』が治療者との関係にも現れて、受診しなくなることはよくあるので、心配ありません」 

 A君は幾度となく「言っても無駄」「面倒くさい」「疲れる」と口にしています。

 さらに「学校に行かなくなった」「トイレにひきこもる」という行動の背景には、どんな気持ちが隠れているのかを理解する必要があります。

 親は子どもの健康な発達を促していく必要があります。ただ、あまりに強固な親自身の価値観に拘泥するあまり、それが子どもの前向きな発達の阻害になるケースも散見されるのです。

 そこで父と母がA君の本当の気持ちを理解し、健康な発達の邪魔をせずに、それを促す対応ができるように、親ガイダンスを行うことを提案しました。

 両親もそれを希望しました

 しかし、この両親の親ガイダンスは大変でした。父も母も、「子どもが自分たちの言いつけを守ることは当たり前のことで、それが正しい」との考えに固執し、修正することができないのです。それが息子に対する過干渉につながっていることに気づいていませんでした。

 過度にきれい好きの母親は、それまでA君の髪の毛を切ったり、ひげを () ってあげたりしてきたそうです。「今は無精ひげを伸ばしっぱなしで汚らしい。夏頃はトイレの中に聞こえるように『汚いからお風呂に入りなさい』というと夜中のうちにちゃんと入ってくれていたのに、今はそれもしていない」と怒りながら話しました。

 一方の父親は、以前からA君が出かけるとGPSで居場所を調べて迎えに行ったり、マンガやゲームなどの内容をチェックして、少しでも暴力的、性的な描写のあるものは禁止したりしてきました。結果的に、A君が与えられるものは幼い年代向けのものばかりだったようです。

 両親の話を聞いていると、「一人でいたい」と 憔悴(しょうすい) したA君の顔が私の頭の中に浮かんできました。

 A君は中学2年生です。思春期の発達には、親離れ、子離れが必要で、子どもの自律性を尊重する必要があることを、両親には繰り返し伝えました。もっと具体的に言えば、子どものプライバシー尊重が欠かせない年齢になっているのです。たとえば、子ども部屋の「ドアは閉めること」「入る前にはノックをすること」を最低限のルールとして伝えました。

 にもかかわらず、ご両親は「先生の言うとおりにしても、トイレから出てくる保証はない」と言い張ります。さらに、相変わらずA君へのコントロールを見直す気配はありませんでした。

 なぜ、自分の居場所として自室ではなく、あえて狭いトイレを選ぶのか――。

 理由は明らかでした。A君は「鍵がかけられる場所なら親に邪魔をされない。安心できる」と言っていたのです。

親が乗り越える課題、自分で乗り越える課題

 私は両親に対して、A君にプライバシーを与えず、一方的に動かそうとする限り、トイレに逃げ込むことはやめないだろうと説明しました。

 他方、A君自身には自分で乗り越えなければならない課題もあります。

 今後、発達をしていく段階で、親や友達が自分とは違う意見を主張してきた時に、トイレに逃げ込むのではなく、自分の気持ちを相手に伝えられるようになる必要があるのです。

 それについては、A君にその意思があれば、私とのカウンセリングで一緒に解決していくことができます。まずは家庭内の課題を解決し、やがてA君本人が希望したタイミングで行うことが必要であることを説明しました。

 親ガイダンスでの助言を理解したA君の両親は、次第にA君がトイレに入っていても無理にドアを開けようとしたり、電気を消したりすることはやめ、放っておくようになりました。トイレから出てきたA君に、「これからは勝手に部屋に入ったりしないでAのプライバシーを守るようにする。あなたの意思を尊重しようと思う」と伝えました。

 その後、A君はトイレではなく、自分の部屋にこもるようになりました。解決ではありませんが、前進です。そして、半年後にはひきこもりを脱し、再び登校するようになりました。

 A君が再びクリニックにやってきたのは4年後でした。

 家庭内の問題は、徐々に解消されていったようですが、A君自身の課題は手つかずな部分が残りました。大学生になったものの、やはり人間関係に難しさを感じていたようで、母親の勧めでカウンセリングを受けにやってきたのです。

 A君は「自分の意見を周りの人に主張できない」と口にしました。

 「何を食べに行くか」「何の映画を見るか」などのやりとりでも、「なんでもいいよ」と無条件に友達の意見に従ってしまう。だから、友達に気を使い過ぎて、一緒にいても心から楽しいと感じられない、というのです。

 すでに時間と共に、両親のA君への接し方は改善していました。ただ、本人の心の中には、かつての心配性で支配的だった両親との関係が根付いてしまっており、同じことが友達との間でも繰り返されていたようでした。

 カウンセリングを通して、A君は「父親の代わりに、自分が話を聞いてあげなければ」と考えて母親に従っていたことや、「無難に過ごすために、父親の言うことを聞いていた」ことなど、自分自身の課題について、徐々に理解が進んでいきました。

 私に対しても、両親や友達に対してと同じように無意識に気を使ってしまい、なかなか本当の思いを主張できないということが繰り返されました。

 しかし、カウンセリングが進むにつれて、徐々に自分の思っていることを、私に話すことができようになりました。その後、大学の友達関係でも、自分の意見や気持ちを自由に表現できるようになっていきました。それまで避けていたサークル活動にも参加し、友達とも密接な関係を築くようになりました。

 結局、2年間もの時間がかかりました。今、A君は大学生として充実した日々を送っています。(関谷秀子 精神科医)

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shisyunki-prof200

せきや・ひでこ
精神科医、子どものこころ専門医。法政大学現代福祉学部教授。初台クリニック(東京・渋谷区)医師。前関東中央病院精神科部長。

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